ウンシュトルト高架橋に見るヨルク・シュライヒの造形力





前回のゲンゼバッハ高架橋(12)と同じく,Ebensfeld‐Leipzig/Halle間の高速新線上にあり,ほぼ同時期に施工されたのが,このウンシュトルト高架橋(Unstruttalbrücke)です.

シュライヒ・ベルガーマン&パートナー事務所とドイツ鉄道が基本設計.580mの長さの10径間のPC箱桁を1ブロックとして,4つのブロックが連なった全長2668mのセミ・インテグラル橋梁です.

目立つのは、各ブロックの中央にある108 mのアーチ.このアーチはスパンをとばすためのものではなく,主に制動荷重を受け持つためのものです.橋脚は非常にスレンダーな壁式で,橋軸直角方向へは剛でありながら,橋軸方向にはある程度の柔軟性を持たせて,温度変化などによる拘束力に対応させています.

ゲンゼバッハ高架橋同様,この橋も,当初は支承の上にPC箱桁を載せた標準的な設計でした.アーチ構造は,当初からほぼ同じ規模と位置で構想されていましたが,同様に支承を介して桁と接続させていました.



このような標準設計のものであっても,この長くて,比較的深い(高さ約50m)谷においては,“技術的にも美観的にも十分許容できるレベル”[1]でした.しかし,セミ・インテグラル構造とし,不連続面や支承をなくすことによって,より経済的で美しい橋梁になりました.また,橋脚もかなり細くすることができました.

つまり,この鉄道橋は,シンプルな見た目の割には,かなり高度な技術を用いて設計されています.拙訳「Footbridges - 構造・デザイン・歴史」において,「これ以上にシンプルな解決策は望めないと思わせるようなデザインは、シュライヒ・ベルガーマン&パートナーの特徴である」という一文がありますが,まさにこの橋はシュライヒらしいデザインです.

それはそれとして,私はこの橋を見た時に「シュライヒ事務所というよりは,実にヨルク・シュライヒらしいデザインだなぁ」と思いました.

何が“ヨルク・シュライヒらしい“のか.以下,ヨルク・シュライヒの造形力について思うところを,少しだけ書いてみます.

まず,橋梁エンジニアにとってのデザインとは何か?ということから考えてみます.

少々乱暴に言ってしまえば,エンジニアのデザインは,与えられた条件に対して合理的な解決策を求めようとすることから始まりますが,これは技術的なアプローチといえます.そして,その与条件によって自由が制限された中で,エンジニアは始めて形を恣意的に操作する.これを美観的なアプローチと考えると,エンジニアのデザインとは,大雑把に言えば,この技術的,そして美観的なアプローチという二段階から成り立っている,と捉えられます.(勿論,デザインという行為は,大抵は行ったり来たりの循環作業であるし,2つがオーバーラップしていたりするので,そう簡単に言い切れませんが.)

ウンシュトルト高架橋に関して言えば,基本設計で全体の形がほぼ決まっている中で,構造的な合理性や経済性からセミ・インテグラル構造を採用したのは,技術的なアプローチと言えます.

一方で,このアーチは上述したように,制動荷重などを受け持つためのものなので,構造的な合理性から考えれば,必ずしも曲線である必要はありません.つまり,ここに曲率をつけたことやアーチの足元を2つに分けてやや広げたことなどは,美観的なアプローチと言えます.(無論,足を広げることによって 橋軸直角方向に対しても安定させていますが.)

つまり,少々強引ですが,このアーチの形から,ヨルク・シュライヒの美観的なアプローチによるデザイン,つまり造形力が見て取れるわけです.




初めてシュライヒの初期の作品集を見た時,その高度な技術が織りなす構造デザインの豊かな世界に圧倒されました.しかし同時に,シュライヒの作品からは,例えばカラトラバやカルロス・フェルナンデス・カサードなどの橋から感じるような,研ぎ澄まされた“普遍的な美”といったようなものはあまり感じませんでした.シュライヒの造形は非常に独特であると言えます.私は,ヨルク・シュライヒの作品の魅力は,造形美ではなく,複雑な境界条件を「これ以上にシンプルな解決策は望めないと思わせるような」技術的アプローチで解いているという点にある,と考えています.

このハイエンドな技術力+なんとも言えない独特な造形力,というヨルク・シュライヒ“らしさ“を,このウンシュトルト高架橋に見て取りました.これは勿論,感性の話なので,論拠には乏しいですが,長年ヨルク・シュライヒの下で働いていた教授にこの意見をぶつけてみたところ,よく分かるといってくれたの で,あながち的外れの意見でもないかなと思っています.

以前書いたように,シュライヒ事務所はすでに世代交代していて,ヨルク・シュライヒが未だに現役で設計しているプロジェクトは多くありません.

シュライヒ事務所の現パートナーたちの作品は,勿論哲学や思想を受け継いだものなので,ヨルク・シュライヒ時代のものと似てはいますが,深く見るとやはり少々違うように感じます.端的に言えば,現パートナーの作品の方が,造形としては洗練されていますが,手探りで,技術の先端を切ってきた手作り感のようなものは,あまり感じられません.(それは勿論,ケーブルや膜による軽量構造設計の黎明期の終焉と関係していますが,本題からは外れるのでまた別の機会に.)

私は前回のゲンゼバッハ高架橋と今回のウンシュトルト高架橋を見たときに,感銘と同時にどこかしら懐かしさのようなものを感じたのですが,それは,これらの橋に,初期の作品に通じたヨルク・シュライヒのエンジニアリングデザインの核のようなものを感じたからかも知れません.

と,話が大分脱線してしまいましたが,エンジニアのデザインについては,私が最も興味を持っている分野なので,今後も折を見て少しずつ記述していこうと思います.



(2014-04-22 一部文章修正)

[基本情報]
ウンシュトルト高架橋(Unstruttalbrücke)


完成年:
2012
機能、種類:
鉄道橋(高速鉄道)
基本設計:
DB Projektbau / schlaich bergermann und partner
詳細設計:
NordWest Planungsgesellschaft / SMP Ingenieure im Bauwesen
チェックエンジニア:
H.P. Andrä
施工:
Alpine Bau / Berger Bau
発注:
DB Netz AG
構造形式:
PC 箱桁のセミ・インテグラル構造 
規模:
桁高 [m] 4.75
最大支間長 [m] 108
支間割 [m] 3 x 58 + 4 x (4 x 58 + 116 + 4 x 58) + 3 x 58
橋長 [m] 2668
連続部の長さ [m](最大) 580
位置・アクセス
Ebensfeld‐Leipzig/Halle間の高速鉄道上.
Karsdorf駅より北西約1km,Unstrut川を跨ぐ橋
51°17'06.1"N 11°38'40.9"E


[参考文献]


[1]
Schenkel, M., Marx, S. & Krontal, L., Innovative Großbrücken im Eisenbahn-Hochgeschwindigkeitsverkehr am Beispiel der Neubaustrecke Erfurt-Leipzig/Halle. Beton- und Stahlbetonbau, 104(11), 2009. pp.782–789.
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