去る2016年の4月に,ニューヨーク近代美術館
(MOMA)で日本の構造家をテーマにした講演会「Structured Lineages: Learning fromJapanese Structural Design」が行われました.もう大分時間が経ってしまいましたが,日本語の情報としてはネットではほとんどないようなので,メモ的に残しておきます.
「Lineage」はあまり聞き慣れない言葉ですが,「血統,系統,家柄」などを意味するそう.日本の構造家の系譜を軸として,日本の構造デザインの独自性と世界に与えた影響を読み解こうとする野心的な試みでした.MOMAのHP より |
これは同美術館で開催されていた建築展「A Japanese Constellation: Toyo Ito, SANAA, and Beyond」の催し物の一環として行われました.仕掛け人はアメリカを代表するエンジニアの一人であるギイ・ノーデンソン(Guy Nordenson,カナ表記はあやふやです) 氏.
プレゼンターとして,現在の構造デザインの世界を牽引する6名の構造エンジニア+2名の大学の先生が招待されました.
- Marc Mimram 氏(パリ)による “Yoshikatsu Tsuboi (坪井善勝)”
- Mike Schlaich氏(ベルリン)による „Mamoru Kawaguchi (川口衞)“
- Laurent Ney氏(ブリュッセル)による “Masao Saitoh (斎藤公男)“
- Jane Wernick氏(ロンドン)による “Gengo Matsui (松井源吾)”
- Guy Nordenson 氏(ニューヨーク)による “Toshihiko Kimura (木村俊彦)”
- William Baker氏(シカゴ) による ”Mutsuro Sasaki (佐々木睦朗)“
- ワシントン大学のSeng Kuan氏による “Japanese Structural Design from Sano Toshikata to Sasaki Mutsuro (日本の構造デザイン 佐野利器から佐々木睦朗へ)"
- MITの John Ochsendorf教授による “Architecture and Engineering Education: Japan, U.S., E.U.(日本,アメリカ,ヨーロッパの建築教育)"
日本人以外のスターエンジニアが,日本のスターエンジニアについて話すという実に不思議な催し物です.
Picture from the blog of Form-finding Lab https://formfindinglab.wordpress.com/2016/05/26/learning-from-japanese-structural-design-reflections-on-the-symposium/ |
日本の構造デザインの独自性を内側から客観的に語ることはなかなか容易ではありません.それでは,外側から語れるとしたら誰か?
歴史家や研究者が第一に挙げられるでしょう.しかし,過去を振り返ることができても,今現在の最先端を語るのは難しい.
この講演会が目的としたのは,単に日本の構造デザインの歴史を振り返るのではなくて,それが今現在の世界の構造デザインにどう結びついているのかを明らかにすることです.
そう考えると,現代において国際的な場で第一線で活躍している彼ら以上に,それを的確にできる人はいなかったのではないでしょうか.そして当然,彼らの名前によって注目度をあげるという目的はあったと思います.
この2点において,この講演会は価値があったと言えるでしょう.
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私はこの催し物に直接関わりはなかったのですが,恩師のシュライヒから頼まれて,一緒にプレゼン準備をしました.
マイク・シュライヒが指名されたのは川口衞氏.ただ,そのまま川口氏の経歴や作品を紹介するだけでは面白くないと,少しテーマを掘り下げました.何かと比較される,自身の父親であるヨルク・シュライヒと対比させることによって,川口氏の特異性と世界に及ぼした功績を浮かび上がらせようとしました.
マイク・シュライヒが指名されたのは川口衞氏.ただ,そのまま川口氏の経歴や作品を紹介するだけでは面白くないと,少しテーマを掘り下げました.何かと比較される,自身の父親であるヨルク・シュライヒと対比させることによって,川口氏の特異性と世界に及ぼした功績を浮かび上がらせようとしました.
以前書きましたとおり,私は川口衞氏とヨルク・シュライヒ氏には格別の尊敬の念を持っておりますので,このプレゼンをお手伝いすることは,自分にとっても実に光栄なことでした.ドイツの北に位置するベルリンから,現在私の住む南端のケンプテンまで遠路はるばるやってきたシュライヒと,ビール片手にああだこうだと実に楽しい議論を重ねました.
さて,個人的な話はさておき,当日の講演会について.
私は残念ながらニューヨークまでは行けませんでしたが後日,文字起こしされた講演録を読ませて頂いて当日の様子を少しばかり知ることが出来ました.
私が興味を引いたのは,日本の構造デザインの独自性としてとりあげられた「ハイブリッド」なデザインアプローチ.
川口衞氏や斎藤公男氏が開発・設計されてきたハイブリッド構造のルーツを辿ると,代々木体育館に行き着くことは自明です.よく言われているように,ミュンヘンオリッピック競技場の「ピュアな」テンション構造との対比すると分かりやすい.
しかし,この日本特有のハイブリッドなアプローチは,単に代々木体育館を出発点としているだけではなく,文化のようなもっと深いとこに根ざしているような気がします.このテーマについては,私自身もずっと興味を持って追いかけていますが,なかなか答えは見つかりません.
Picture from the blog of Form-finding Lab https://formfindinglab.wordpress.com/2016/05/26/learning-from-japanese-structural-design-reflections-on-the-symposium/ |
もう一つ,個人的に面白かったのが,日本の建築教育のユニークな点についての議論.「日本の大学の建築教育では,意匠志望の学生も構造志望の学生も一緒に学び始める所がユニークである(それゆえ他国に比べて両者の互いへの理解が深い)」という,よく語られる説があります.
この講演で行われた討論でも,司会者がこの点でまとめようとしていましたが,「3年一緒に学んだから,合理的(な構造の建築を設計するよう)になるわけはないでしょう」とミムラムに一蹴されます.
これには,私も思わず膝を打ちました.というのは,この説の信憑性を前から疑っていたからです.否定しているわけではないのですが,国外でその違いを体感として得られたことが今のところない,というのがその理由です.
それにしても,このミムラム.討論で実に切れ味の鋭いコメントをたくさん残しています.前述のコメントも「そもそもこの展覧会の(Toyo Itoや SANAAが設計した)建築をご覧なさい.そんなに(構造的に)合理的ではないでしょう.」と続きます.
別のところでは, 「伊東豊雄氏の弟子らが,彼らの師のデザインを好きなようにコピーしているように見えるのが興味深い.フランスでこんなことをやったら殺される.もちろんこのコピーとは,中国人のコピーとは違う質のもの.言ってみれば家族間のやりとりのように見える.」(意訳)と言い切ります.
エンジニアは職能上,計算能力に比べて哲学的な議論をする能力には乏しい,と私は勝手に思っているのですが,ミムラムは例外の一人のよう.
「エンジニアはたまにボディビルダーのように,構造という筋肉を見せつけようとし過ぎる.」「ときに私たちは合理性の背後にある(不合理な意匠の)アイデアに寄り添う必要がある」と自身の設計スタンスを明確に語ります.
それに対してマイク・シュライヒが「私はマルクと違い,構造の純粋性を完全に信じている.アーキテクトがそこに不完全性を持ち込んでくるのだ」とコメントしたのが,個人的にはこの講演録のハイライトでした.この手の討論は,なかなかお目にかかれません.
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後日,シュライヒより講演の成功の報告とともに,展覧会のカタログ本が送られてきました.残念ながら構造デザインについての記述はほとんどありませんが,伊東豊雄氏とそれに連なる系譜の方々らの建築が収録されています.
ちなみに,この講演録なんですがその後,個人的にGuy Nordenson氏と連絡を取っていて,MOMAからの出版で話は進んでいるそうです.氏は2008年に,同じくMOMAで行われたフェリックス・キャンデラの展覧会に際して行われた講演会の時も書籍を出版しています.
今回のも同じテイストの本になるよう.ただ最初は,日本語訳バージョンとの日米同時発売とお聞きしていたのですが,その後の連絡だと色々と難航しているよう.個人的には,これだけ価値のあるもなので,日本語での出版は絶対に実現させるべきと思っていて,勝手に推移を見守っています.
(2/2につづく)