前回からの続き. なぜこのような新しい橋梁が実現に至ったか 「ドイツ鉄道は、施主として非常に保守的な面があり、新しい技術の導入に対してはなかなか首を縦に振らない.例えば,高強度コンクリート一つを挙げても、制限値が決められていて、それ以上のものを使用することはかなり困難」と,昨年東京大学で行われた講演の際にマイク・シュライヒが述べていました.それでは,その性質上,保守的な方向に向きがちな鉄道橋の設計において,なぜこのような新しい橋梁が実現に至ったか. 昨年寄稿した橋梁と基礎の記事[3]では,私は以下のように書きました. “私の見解では、シュライヒをシュライヒたらしめているのは、橋梁設計に対するビジョンである。(..)一例として、上述したインテグラル橋梁を挙げよう。インテグラル構造は、知られた技術であり、特にシュライヒの専売特許というわけではない。しかし、ヨルク・シュライヒが約20年前に夢想したのは、その技術自体の発展ではなくて、それを応用した「透過性が高くて、メンテナンスコストが著しく小さい、美しい鉄道橋」である。それも一つの橋ではなくて、新しいスタンダードを目指しての提案であった。(..)この大きなビジョンこそが、ドイツ鉄道や橋梁施工会社を説得して、長い年月を超えて実現を勝ち得た要因ではないだろうか。” ゲンゼバッハ高架橋では,ドイツ鉄道による(ほぼ標準設計である)設計原案が提示され,それに対する施工者を決める入札がありました.文献[2]によると,この入札に際し,ドイツ鉄道は客観的かつ検証可能な基準を定め,もし設計案よりもデザイン的,文化的に優れた提案があればそれを容認する,と発表しました.これはドイツでは画期的なことで,後述の専門委員会の活躍によるものです.新しい提案は,建設費やメンテナンス費用を含めた総コストの面で,原案よりも安価でなくてはいけません.結果,インテグラル構造案が入札で選ばれました. ドイツ鉄道の社長を動かし,社内に鉄道橋設計の高品質化に取り組む専門委員会を設立させたことが,シュライヒの努力の成果の一つです.(勿論,氏が委員会を設立させたという表向きの記述はどこにもないですが,少なくとも発起人の一人であろうことは周知の事実として.)氏もこの委員会の委員の一人でした.この委員会は、規模の大きな鉄道橋、あるいは小さくても重要な場所に架かる,全ての鉄道橋の設計に関して、設計案の質を審議する役割を担っていました.また、前述のとおり,この専門委員会によって,「鉄道橋のデザインガイド」という,世界的に見ても希少で,価値の高い書籍が発刊されました. 質の高い鉄道橋とは何か.その基準を作成したのは専門委員会です,氏は,その委員の一人であったわけですから,人によっては,シュライヒのやっていることは,マッチポンプのようなものだという批判の声もあったと思います.そんな批判にも負けずに,“新しい”鉄道橋を実現させた氏の辣腕ぶりには頭の下がる思いです.今回のドイツ橋梁賞の受賞は,第三者としての権威に認めてもらった,という意味合いがあり,だからこそ本当に嬉しかったのであろうと思います. 少々脱線しますが,このようなマッチポンプではという批判は,建設分野において新しい価値基準を確立させようとする場合,避けては通れないことなのかも知れません.こういう批判を乗り越えることこそが,“開拓者”としての矜持なのであろうな,と勝手に想像しています. 受賞理由の中に,“デザイン的、経済的に説得力のある本橋梁案は,入札で,ドイツ鉄道社の原案を打ち負かすだけの説得力があった.”[1]との記述があります.私がただただ,驚くのは,とかくデザインという言葉がエンジニアリングと切り離して考えられることの多い橋梁設計において,その意識を内在させながら,技術的なアプローチで周囲を説得させたという点.言ってみれば,これは正面突破です.これが橋梁設計の本来の姿だと思いますが,現実はそんなに甘くありません.私は,この橋自体がどうこうというよりは,この一連のストーリーに大変感銘を受けました. “技術的に,革新的なアプローチで計画された本橋梁は、ドイツの鉄道橋の新世代に向かう道でマイルストーンとなる”.[1] 最後に,施工中に見学させてもらった時の写真を少々貼ります. (2015-03追記) 一部削除 [基本情報] 800x600 ゲンゼバッハ高架橋(Gänsebachtalbrücke...
先週,2年毎に行われているドイツ橋梁賞(Deutschen Brückenbaupreis)の発表がドレスデンでありまして,鉄道橋・道路橋部門において,ヨルク・シュライヒが主設計のゲンゼバッハ(Gänsebachtal)高架橋が選ばれました.浅い渓谷に1000メートル超の高架橋を架けるという難しい課題を,鮮やかに解いた点が評価されたとのことです. http://www.brueckenbaupreis.de より 当日授賞式に参列した同僚によると,シュライヒはこの受賞を大変喜んでいたようです.それもそのはず.詳しくは後述しますが,シュライヒはおよそ20年前に,この新しいタイプの鉄道橋を提案しました.そこから実現までの道のりは大変長く険しいものでしたが,最終的に,こういった最高の形で皆に認められたということで,喜びもひとしおであったようです.この橋は,何度かエントリに書いた,拙訳「鉄道橋のデザインガイド」で示された提案例の一つが実現したものです. 授賞式の様子の写真> http://www.brueckenbaupreis.de/html/2687.htm ドイツでは1989年の東西再統一以降、開発の遅れていた旧東ドイツ地域の高速新線(NBS:Neubaustrecken)の整備が進められています.現在は特に,ベルリンから南に下った、Ebensfeld‐Leipzig/Halle間の整備が重点的に行われていて、この路線上に新しい鉄道橋が続々と生まれています.ゲンゼバッハ高架橋はそのうちの一つで,ワイマールから少し北の谷に架かる,RC橋脚とPCスラブから成るインテグラル構造の橋梁です. インテグラル橋とは何か インテグラル構造とは,桁と柱や橋台が一体化した(剛結合された)もので,例えば従来の箱桁橋と比較すると堅牢で耐久性があり,建設費やメンテナンスコストも低く抑えられます.さらに橋台やジョイント部の不連続部で起こる鉛直方向の角折れがないため、快適な列車の乗り心地が実現できます. 今まで,ドイツの鉄道橋の設計では,迅速でかつ容易に上部工の架け替えが行えることを重視していました.しかし,実際のところ,80%以上のケースで、上部工の架け替えの際には,同時に下部工も架け替えています.また、PC箱桁で必要となる,支承やレールの伸縮継目は消耗品としては高価です. ゲンゼバッハ高架橋は,112mのラーメンを一つのブロックとして、8つのブロックが連なっています.橋全体に渡りレールの伸縮継目はありません.制動荷重や始動荷重は、各ブロックの中央にある橋脚(2本の橋脚がコンクリート板で連結されたもの,写真の左)で受け持たれます. 支間長を大きく取ることにより、桁が厚く、橋脚が太くなってしまうのであれば、支間長を短くして橋の透明性を高めるべきである、というのが,シュライヒが20年前から主張していたデザインアプローチであり,ゲンゼバッハ高架橋でその効果が証明されました.当初予定されていた標準設計と比べると、大分透過性は高く,デザインの面での優位点が際立ちます. それにしてもシュライヒはどのようにして,このような新しい橋梁を実現させたか.そこには長きに渡る戦いがあったようです. (次回に続く) ...
クニッパーズ(左)とシュライヒ(右) 前回からの続き.シュライヒ,クニッパーズ,ゾーベックの3名のプレゼン. ベルリン工科大学のマイク・シュライヒ(Mike Schlaich)は,ビジョンの必要性について言及.前述のマイアー氏同様,今すでにある建設材料の代替品としてではなく,カーボンの特性に合致した構造システムの開発に取り組んでいて,そのうちの2つを紹介.氏は2006年に大学の実験ホール(ピーターベーレンス・ホール)にプロトタイプとなるカーボンリボンによる吊床版橋梁を製作しています.わずか数mmの厚さのカーボンで,スパン約15m飛ばしているもの.この薄さのために,サドル上でもリボンに曲げ応力がほとんど作用しないのがメリット.振動に対しては,機械工学で研究開発された人工筋肉をセミアクティブなダンパーとして適用しています. カーボンファイバーによる吊床版橋モックアップ プロトタイプという名に恥じず,2010年にスペインのCuencaに,世界最長(216m)となる,カーボンリボンによる吊床版橋梁が竣工されています. > http://www.futurefibres.com/News-Downloads/News/2012/Innovations-in-fibre.html また,このテンション材としてのカーボンファイバーの利用範囲を拡大し,スタジアムなどの大規模な屋根に適用するための研究を行っていて,特にアンカーのディテールの開発に力を入れています.昨年,制作されたスポークホイール構造のプロトタイプもお披露目.カーボンファイバーの特性にあった新しい形態の吊り屋根を模索しています. カーボンファイバーによるスポークホイール構造 シュライヒの一連の研究を見た時に,単にスチールをカーボンに置き換えただけではないか,と考えるのと,カーボンの特性にあった効果的な利用方法を模索する中で,テンション材としての利用に可能性を見ている,と考えるのとでは大分違いますね.当然,シュライヒの考え方は後者です. * シュトゥットガルト大学ITKEのヤン・クニッパーズ(Jan Knippers)は,スチールの代替品としてではなく,自然の流れに従った形で,カーボンに適した新しい構造システムを開発を目指していて,そのうちの2つを紹介.一つ目が,アーキテクトのアヒム・メンゲス(Achim Menges)らと協働で設計しているリサーチ・パビリオンの紹介.生体工学から着想を得た構造システムと,カーボンの成形手法に共鳴する施工システム.2012年のパビリオンは私も実際に見に行きました.上述のに加えて,ロボットに施工させるという新規性も加味すると,このパビリオンはある種のマイルストーンになるのではないかと個人的には思っています. Research Pavilion...
2014年2月26日,ベルリン工科大学で“カーボン構造-未来へのビジョン(Bauen mit Carbon- Visionen für die Zukunft)”と題された,非常に興味深いシンポジウムが行われました.なので,前々回から続くシンポジウムの話を一端はお休みして,ご報告.以下は,パンフレットからの適当な抄訳. “カーボン繊維は,その軽さや,高い強度,耐食性から,今では,航空・宇宙工学分野では必須のハイテク素材になっています.最近では,自動車分野でモデルの量産が始められたり,高性能なスポーツ用品に使用されたりしています.これとは対照的に、建設業界ではカーボン繊維の使用はまだ始まったばかりです.とはいえ,ここ20年以上に渡る研究や,実践的な経験の積み重ねにより,コンクリート部材の補強や,膜やケーブルの高強度化への応用など,カーボン繊維の建築構造物への応用方法は広がりを見せています.このビジョンフォーラムの講演者は、皆,このような実践的な取り組みをずっと重ねてきた技術者で,今後数十年の技術革新で、カーボン繊維のポテンシャルを100%引き出した軽量構造物の実現が可能であると確信しています.彼らの持つ前向きなビジョンがそれを可能にすることでしょう.” といった感じの趣旨のもと,ドイツ語圏から8人の講演者が招かれました.少々ミーハーな話になりますが,この8人の中に,現在のドイツのエンジニアリング・デザインを牽引しているマイク・シュライヒ,クニッパーズ,ゾーベックの3人がおりまして,私の知る限りでは,この3人が一堂に会するというのは,おそらく今回が初めてであったと思います.そんなことも話題で,当日はだいぶ盛況で,この日のためだけに,わざわざ南ドイツやスイス,果ては中国から駆け付けた方もいたようです. 未来へのビジョンと言っても講演者の誰一人として,単なる夢物語は語らない,地に足の着いた内容.であるにも関わらず,すごく夢のあるワクワクする話ばかりで,実務者でありながら大学で教鞭を取る,いわゆるプロフェッサー・エンジニアが許されているドイツ語圏のアドバンテージを実感しました. 非常に濃い内容のシンポジウムだったので2回に分けて書きます.今回は,上述の3名を除いた他の方のプレゼンの紹介. * ウルス・マイアー(Urs Meier) 氏のプレゼンは,スイス連邦材料試験研究所(EMPA)が長年取り組んできた炭素繊維強化プラスチック(CFRP)をテンション材として利用するため研究や実施例の紹介. イントロダクションは,80年代から構想されていたジブラルタル海峡を跨ぐ,大スパン(最大スパン3000m超)の橋梁計画の紹介.積載荷重に対する自重の割合で考えると,限界スパンはスチール吊材の7.7kmに対して,CFRPでは理論上37.5kmまで可能.ただし,CFRPでは,かの有名なタコマナローズ橋のような風に対する振動の問題が発生するので,アダプティブな制振制御装置が必要になるだろうというお話. CFRPテンション材は,スチールの場合に比べて,耐食性が高く,疲労にも強い.しかし価格はまだ高い.一方,コンクリートの補強材として使われるCFRPシートの研究開発はすでにもう高い水準に達していると指摘. カーボンがもたらす建設材料としての革命とは何か?マイアー氏は,カーボンは,特殊な用途に適しており、今まで使われている建設材料の代替品としての革新性はない.建築材料の範囲が拡大されることが革新的である,と強調していました....
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