マッシブなプロダクトデザイン Llinars鉄道橋

引き続き,スペインの鉄道橋.唐突ですが,私はとにかく,スペインの橋梁デザインが大好きなんです.世界で最も美しい橋を創るのはスペイン人であると,思っています.と言うと,大抵の人には,あぁ,カラトラバね,と言われるんですが,カラトラバは“one of them“に過ぎません.

と,少々脱線しましたが,今回取り上げたいのは別の“one of them“,Petelta事務所のソブリーノ(Juan A. Sobrino)氏が設計した鉄道橋です.1994年の創設以来,Petelta事務所は非常に面白いデザインの橋梁をたくさん設計しています.2006年に,当時所属していた研究室でスペインの視察旅行をしたのですが,その時にソブリーノ氏には随分とお世話になり,それ以来,個人的にも親しくさせて頂いています.氏の紹介はまた追々.

ご紹介したいのは,Llinars BridgeとSant Boi Bridgeの2橋.前回のエブロ川鉄道橋と同様に,スペインに建設中の高速列車鉄道ネットワークの一部で,マドリッド~バルセロナ~フランスの路線の一部です.両橋ともバルセロナ近郊に架かっていて竣工はともに,2007年.見た目も非常に似た,まるで双子のような鉄道橋.大きな違いは,カラーリング.一つ目のLlinars Bridgeが青くて,2つ目のSant Boi Bridgeが緑となっています.

今回は青のLlinars Bridge.


写真で見て分かる通り,とても人目を引くデザインの鉄道橋です.高速道路をスキューしてまたぐこの鉄道橋の主な設計条件は以下のようなものでした.

  • 建築限界(高速道路表面よりH=5.5m)の確保
  • 施工中でも,高速道路の交通を邪魔しない
  • 人目につく場所なので,意匠にも注意を払う

すでに,レールの高さ位置が決められていたので,桁より下に構造部材を配置することは不可能.そして高速道路の通行止めを避けるためには,足場を組むことは許されない.つまり,押出し工法などで施工できる構造システムに限定される. 9つの設計案が比較検討され,最終的に写真のように,鋼コンクリート合成床版を用いた,スチールで補剛された下路式の案が選ばれました.

施工における制限が,全体のデザインに影響を及ぼすというのは,橋梁デザインならではですね.


案の決定には,もう一つ重要なファクターがありました.それはスチールという材料.エブロ川鉄道橋の記事でも書きましたが,2003年までスペインではスチール,そしてスチール+コンクリートのコンポジット構造は,高速鉄道橋には認められていませんでした.

フランスのTGVの高速鉄道橋でコンポジット構造が採用され,経済的にもコンペティティブであることが実証された上で,ようやくスペインでも認められました.

この橋は,その過渡期に設計されたもので,この路線では初めてのコンポジット構造となりました.このあたりに,ソブリーノ氏のエンジニアとしてのチャレンジ精神が見て取れます.いくらお隣の国フランスで実証されたとしても,施工技術のレベルは違いますし,設計条件の厳しい鉄道橋で新しいことに挑戦するのは勇気がいることです.

設計基準がまだなかったので,従来の鉄道橋の基準と,コンポジット構造の道路橋の基準,荷重の設定などはユーロコードを参照したそうです.

デッキ部.見に行った時はまだ竣工前でレールは敷かれていませんでした.

さて,この橋を印象づけている,スチールの補剛材の造形ですが,曲率をつけたのは意匠的な理由とのことです.構造的には,主塔のてっぺんから,デッキのスパン中央をスチール材で吊っている形になるわけです.曲線なので一見吊り橋のようにも見えるけど,構造システムとしては斜張橋に近いということですね.

つまり,構造的には直線でいいのに,意匠的な理由でわざわざ曲線にしたということになります.

とはいえ,美観も重要視された中で,この程度の“経済的な合理性からの偏心”は,全く問題無いと思います.直線だけで構成された無味乾燥なデザインよりは,曲線をつけた方が,より優雅で,より親しみ易いデザインになったような気がします.

Sobrino J. Two steel bridges for the high speed railway line in Spain. Stahlbau. 2010;79(3) より

ただ,私自身は,この橋を見ても,そこに”普遍的な美”といったようなものは見つけられませんでした.理由は3つ.

1つ目は,桁下空間の狭さ.桁のレベルから,下(高速道路まで)が約5mなのに対して,上(主塔のてっぺんまで)は14m.大分,頭でっかちのプロポーションと言えます.

2つ目は,スチールの補剛材のデザイン手法.吊部分には主に引張力,主塔には圧縮力が作用します.しかし,この橋では,全く構造的な機能が違うこの2つの部材を連続的に,一体化して表現しています.これは例えばプロダクトデザインなどでよく見かける手法ですが,このスケールでは整合性に問題が出てきてしまっているのではないか.

そう感じてしまう原因は,単純に,吊部分の断面が1.7x1.6mと随分マッシブだから,かも知れません.ただ,橋のスパンが最大で75m(幅17.2m)ということを考えると,この断面の大きさは,構造的に特に違和感を感じるようなものではない.

と考えると,この造形を批判するのであれば,構造システムの選び方に遡って考えないといけないのかも知れません.

最後の3つ目はカラーリング.メインはライトブルー,そして下部の箱形断面梁の下半分はグレーで塗装されています.この二色の境界線が,構造的な不連続面と一致していない点に少々違和感を感じます.

と,少々辛口になりましたが,技術的には,その革新性も含めて素晴らしい鉄道橋だと思います.続いて双子のもう一人,緑の橋を見てみましょう.

(つづく)

高速道路上に橋脚が建てられないので4mほど外に張り出している.このスケールでは技術的な要件と意匠的な要件をすり合わせるのが難しい.



[基本情報]


完成年:
2007
機能、種類:
鉄道橋(高速鉄道)
設計:
PEDELTA (Juan A. Sobrino, Javier Jordan, Juan V. Tirado, Ricardo Ferraz)
施工:
Constructora Hispanica
発注:
ADIF
構造形式:
A composite steel-concrete deck suspended on steel tied curved members
規模:
橋長 574 m (コンポジット構造部307+PC桁部267m)
コンポジット構造部の支間45 m 71 m 75 m 71 m 45 m
17m (軌道部14m)
位置:
Located in the town of Llinars del Vallés, about 45 km north of Barcelona, the first bridge spans the AP-7 highway at a skewed angle.
アクセス:
電車と徒歩で行けます(詳細は後日)

author visited: 2007-09

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