スパン35メートルからのデザイン・ブログ

軽量・構造・デザイン




シンポジウムのトップバターは,スイス連邦工科大学(ETH)で建築史や技術史を学び,長い間アメリカのリーハイ大学(Lehigh University)で教鞭をとられていたTom F. Peters氏であった.このシンポジウムのプレゼンターの中で唯一,実務設計者ではなかったのだが,意匠と構造の領域をまたいだアカデミックなプレゼンテーションは,このシンポジウムの幕開けに相応しいものであった.

エンジニアにとっては当たり前と思っている事実に別の解釈を与えた,眼から鱗の落ちるプレゼンテーションであったので簡単に紹介したい.

氏はエンジニアの思考方法についてずっと考えてきた.エンジニアは,どのようにして形を導き出しているのか?分析的な論理思考,科学的思考,そして直感.これ以外に何があるだろうか?プレゼンでは,氏が長年の研究で発見した11のエンジニア特有のロジックのうち,3つが紹介された.

(以下のテキストは,私なりの解釈であって,氏のプレゼンをそのまま紹介したものではないのでご注意.)

1)重ね合わせのロジック(Overlay logic)


現代のエンジニアは通常,構造形式で構造物を構想する.しかし,こういったトラスやアーチといった構造形式が定義されたのは実はごく最近の話で,産業革命前は,今でいう構造形式を重ね合わせたものが作られていた.例えば,スイスでよく見られる木橋である.


例 以前ドイツとスイスの国境の街バート・ゼッキンゲン(Bad Säckingen)で見た木造の屋根歩道橋.アーチが幾重にも重ねられていて,一番上のアーチは屋根面に沿って配置されていることが分かる.(*1)

これらは,現在の私達から見ると,理解出来ないもの,あるいはただ間違っているものと言ってしまいがちであるが,そうではない.当時の思考方法が今と違っていた,というだけの話である.構造形式を「重ねあわせている」ということに気づけば,彼らの思考方法が見えてくる.

現代で言えば,例えばユルク・コンツェット(Jürg Conzett)の,今は亡きfirst Traversina橋は,このロジックで語ることが出来る.


2)モデル思考(Model thinking)


19世紀の理論家が,構造計算をより簡単にするために,構造形式を定義し発展させ,施工のシステム化がそれに続いた.理論モデルと施工システムが,現代的な設計方法を成立させたのである.例えば,エッフェルは,自由の女神という不定形な造形を10個のコンポーネントと9つのジョイントから成り立つトラス構造として,実現させた.現代のエンジニアは最もシンプルな構造形式を選ぶ.もはや,”不明瞭”な重ね合わせた構造形式を選ぶことはないのである.

モデル思考が発達したのは,もともと構造計算,そして施工を簡単にするためだったのだが, 最近のコンピュータ技術の発展はその流れを見当違いの方向に導いている.

この氏の指摘は非常に興味深い.コンピュータ技術の発展により,より自由な造形の建築が実現可能となってきている.これは,モデル思考という束縛から自由になるための“正しい” 方向への進化なのか.あるいは,人類が積み重ねてきた構造的な理論を無用なものにしてしまうという意味で,“悪い“方向への進化なのか.よく話題になるテーマではあるが,このあたりはまた追々考えてみたい.


3)相互依存形式の形(Integrated form)


梁などを相互に支え合うような構造で,レシプロカル構造(Reciprocal structure)と呼ばれているもの.これはアジアで見られた思考方法で,ヨーロッパでは見られないものだった.中国などで見られる竹の足場や,神社や寺の軒などがそれにあたる.荷重が大きくなるほど,締まって頑丈になるといったようなアダプティブな振る舞いをするのが特徴.


例 ベルリン工科大学の催し物で出展されたレシプロカル構造の一例

重ねあわせのロジック VS 材料技術+理論モデル+施工システム


以上の3つが,氏の挙げられたエンジニア特有のロジックである.重ねあわせの構造やレシプロカル構造には冗長性がある.モデル思考で作られる構造は力の流れがクリア.しかし冗長性がない.

重ね合わせの構造とモデル思考で作られた構造の比較の一例として,かの有名なグルーベンマン(Grubenmann)の、シャフハウゼン(Schaffhausen)の屋根付き木橋と,シュトゥットガルトのネッカー川に架かる屋根付き木橋を挙げていた.

シャフハウゼン橋は1757年に竣工(現存はしていない)された,3本のアーチを重ねあわせて作られた木造の歩道橋である.120mの川幅を一跨ぎで架けるという構想をしていたが,もともとあった真ん中の橋台を有効利用するということで2スパンの橋となった.それでも当時の木造橋としては最長スパンのものである.(*2)

木組の画像>
http://www.zeughausteufen.ch/das-grubenmann-museum/


Grubenmannbrücke-Schaffhausen
Wikipedia Commons "Hans Ulrich Grubenmann"より
Grubenmann Brücke Schaffhausen
Wikipedia Commons "Rheinbrücke Schaffhausen–Feuerthalen"より

一方の,シュトゥットガルトにあるネッカー川橋(*3)は1976年に架けられたもので,シャフハウゼン橋とほぼ同じスパンである.設計者のユリウス・ナッテラー(Julius Natterer)によると,シャフハウゼン橋を意識して設計したそうである.ただし,重ね合わせのロジックではなくて,モデル思考で構想された.2橋のディテールは似ているが,構造の発想の仕方が違う.古い,新しいではなくて,全く違う考え方で構想,建設されたものである.




ちなみに,ヨーロッパにおいて木は,1970年代頃まで忘れられた建設材料であった.再発見し,現代的な建設技術の中で利用しようと試みたのがナッテラーである.作品としては,2000年にハノーファーのエキスポ会場に建設された木造のキャノピー(アーキテクトはThomas Herzog)などが有名である.


*


以上の,エピソードはどれもエンジニアとしてはよく知られたものである.しかし,別の角度から光を当てることによって,新たな発見がある.新鮮な驚きを与えてくれるプレゼンテーションであった.なお,氏の著作としては下記の本がよく知られている.

Transitions in Engineering Tom F. Peters (著)



備考 


*1 ライン橋 (Rheinbruecke):
「現存するヨーロッパ最長の屋恨付き木橋.橋長205m,最大スパン31.10m.13世紀起源の木橋だが、1570年の災害後に7径間の石橋橋脚橋として生まれ変わった.再建にあたってイタリアの大建築家パラデイオ(Andrea Palladio)が提案を行ったが,残念ながら採択されなかったと言われる.トラス補強タイプの木桁橋で,現在でも6ton以下の車であれば通行可能.ドイツとスイスの国境を流れるライン川に架かり,ドイツ側から2番目の橋脚上には小さな礼拝堂を載せている.」
(土木学会:ヨーロッパのインフラストラクチャー ― 古代ローマの都市計画からユーロトンネルまで1312件の全ガイド(1997/10)より)

Bad Säckingen Covered Bridge
http://structurae.net/structures/data/index.cfm?id=s0011391
author visited: 2008-07

*2 グルーベンマンの木橋については,Footbridges―構造・デザイン・歴史 のP.23- グルーベンマンの木橋群に詳しい記述がある


*3  ネッカー川橋/Neckar Footbridge

部分的にはスチールを利用しているので,ハイブリッド構造と言える.





Owner    Landeshauptstadt Stuttgart
Design    D. Sengler (designer)
Structural engineering    Julius Natterer / M. Holzapfel / P. Rüdt

width     3.80 m
height     9 m
total length     158 m
span lengths     64.75 m - 72.00 m

http://structurae.net/structures/data/index.cfm?id=s0001579

author visited: 2009-10 / 2013-09
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 クニッパーズ(写真右)の歩道橋コンペ勝利案を批判するコンツェット(写真左)


2011年6月末日,ベルリン工科大学にて,世界に名立たる“スターエンジニア”を集めたシンポジウムが行われた.非常に珍しい機会だったので,古い話題ではあるがまとめておきたい.主なプレゼンターは以下の5人.
  • スイスのJürg Conzett
  • ベルギーのLaurent Ney
  • ドイツのJan Knippers
  • チェコのJiri Strasky
  • イギリスのChris Wise
それに研究者であるアメリカ/スイスのTom F. Peters氏が加わった非常に豪華な顔ぶれのシンポジウムであった.

シンポジウムのテーマはエンジニアの創造性といったあたり.仕掛け人は,ハンブルクのHafenCity 大学 (HCU)で教鞭をとるアネッテ・ベーグレ教授(上写真中央).シンポジウム冒頭の挨拶でもあったが,彼女には,エンジニアの世界にはクリティークへのリスペクトが欠けているのではないか,異なるポジションのエンジニアを集めてエンジニアリング・デザインの多様性を紹介したい,という想いがあったようである.2009年にも,このようなシンポジウムが行われ,その際は鉄道橋で紹介したスペインのPedeltaのソブリーノ氏とイギリスのAtelier One のNeil Thomas氏が講演を行った.今回のシンポジウムは言わば,その続きであった.

*

余談ではあるが,このような話を書くと,ベルリンでは(エンジニアにとって)面白いイベントが,さぞ頻繁に行われているように思う方もいるかも知れない.しかし,このようなエンジニアリング・デザインの文化的な隆盛がベルリンで起こったのは,実はここ数年の話である.2004年にマイク・シュライヒがベルリン工科大学の教授職に就いてからと言っても,過言ではないだろう.それまでの(そして無論今もそうであるが),ドイツのエンジニアリング・デザインの中心地はシュトゥットガルトである.

個人的な話になるが,私が研究を始めた2006年頃のベルリンは,文化的な多様性という意味ではすでに世界有数のメトロポリタンではあったが,エンジニアリング・デザインとしては不毛の地であった.当時シュトゥットガルトに住んでいる友人らが,様々なイベントやアクティビティに参加しているのを見聞きして,よく羨望の思いを胸に抱いたものである.そこから,シュライヒ,そして当時准教授の立場であった上述のベーグレらの活動を通して,次第にベルリンの文化が創造されていったのである.


橋梁などのインフラは,そのものについて語られることはあっても,その設計者について語られることは少ない.文化は人によって創造される.橋梁やインフラ,建築構造物が文化の一端を担うようになるには,もっと創る人に焦点をあてないといけないのではないか.などと,考えているので,このブログでは今後もできるだけ“人“について記述していきたい.

閑話休題.各人の講演に先立ち,マイク・シュライヒから挨拶があった.以下は簡単な要約.

「今日集まったエンジニアは世界的に名のあるエンジニアで,年齢で言えば(開きはあるが)戦後世代である.良いデザイン,質の高いデザインが我々の共通のゴールである.時に,アーキテクトは“形”だけに責任を持ち,エンジニアは“解析”だけに責任を持つといった風潮がある.これは一面では正しいが,一面では誤りである.設計者はそれぞれの立場で皆がBaukultur(建設文化)を創造する責任を持つのである.」

(つづく)


Die Kunst der Ingenieure _ Best of Engineering _ 6 Positionen
Link: www.detail.de
Link: ingenieur-baukunst.de
Termin: 30. Juni 2011, 14-20 Uhr
Ort: TU Berlin, Gustav-Meyer-Allee 25, 13355 Berlin


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さて2橋目の緑のSant Boi Bridge.



前回の青のLlinars Bridgeでは,全体のポロポーションについて少々批判しましたが,こちらの橋は桁下空間も大きくて,非常にバランスが良いですね.主塔の頭を斜材部より少しだけ出していたり,橋脚にスリットを入れたりと,デザインも凝っています.Llinars Bridgeと違い,障害物を避けるために橋脚を桁より外に張り出して置いている,なんてこともなく,全体として非常にスッキリしています.

PC桁橋への接続部にある橋脚が,主に制動荷重を受け持つ.
青のLlinars Bridgeが狭い場所で,なんとかデザイン的な整合性を取ろうと四苦八苦していたのに比べ,こちらは開けた場所で,シンプルで大胆な造形を,空間のスケールと上手くマッチさせているように感じます.

制動荷重を受け持つ橋脚.なんてことはない造形の中にもスペイン人特有の曲線の使い方が見て取れる.

この橋も押出し工法で施工されました.施工中にも一度見学させて頂いたので,その時の写真もご紹介.

押し出される前の桁.まだ塗装している状態.
デッキ上.コンクリートは所定の位置に着いてから打設されます.
一般的に,スチール構造の設計では,使用性,特に変位量のコントロールが設計の際の支配的なファクターになります.桁を押し出す間の,応力集中や局所的な塑性化には細心の注意が払われました.
 


PC桁部の橋脚
PC桁の打設

[基本情報]


完成年:
2007
機能、種類:
鉄道橋(高速鉄道)
設計:
PEDELTA (Juan A. Sobrino, Javier Jordan, Juan V. Tirado, Ricardo Ferraz, Lara Pellegrini)
施工:
ACCIONA
発注:
ADIF
構造形式:
A composite steel-concrete deck suspended on steel tied curved members
規模:
橋長 870m(コンポジット構造部340m+PC桁部530m)
コンポジット構造部の支間割 44 m – 63 m – 63 m – 63 m – 63 m – 44 m
幅 17m (軌道部14m)
位置:
Located close to Barcelona’s airport in the town of Sant Boi del Llobregat
アクセス:
電車と徒歩で行けます(詳細は後日)


[参考文献]


[1]
Sobrino J. Two steel bridges for the high speed railway line in Spain. Stahlbau. 2010; 79(3) pp.181–187.
[2]
Sobrino J. Design criteria and construction of 9 km-length of High-Speed Railway Bridges in Spain. IABSE Symp Rep. 2003:1–7.
[3]
Llinars Bridge
http://structurae.net/structures/data/index.cfm?id=s0023469
[4]
Sant Boi Bridge
http://structurae.net/structures/data/index.cfm?id=s0025643


author visited: 2006-09 / 2007-09

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関東地方を襲った大雪によって,インフラ,建築構造物にも多大な被害が出ていますね.心配しながらネットで各地の様子を見ていたのですが,その中で,熊谷市の「彩の国くまがやドーム」の屋根の壊れ方が少々気になったので考察してみました.

https://twitter.com/hiroki971/status/434571057140203520/photo/1/large より
一見すると派手な壊れ方に見えるので,ネットでも多少話題になっているようです.
Naver 【衝撃】埼玉県 熊谷ドーム が雪の重みで崩落 絶望の状況発生

以下のテキストは,少しだけ膜構造の理論や実設計の知識がある構造エンジニアが,一般の方が撮った写真や動画だけを見て,崩壊のメカニズムを推測したものですので,くれぐれもその点をご了承下さい.私としては今のところ,特に構造設計に問題があったとは思っていません.

*

このドームの屋根はケーブルや膜を使ったいわゆる“軽量構造”です.長径250m,短径130mの楕円ドームを,直径35cmの鋼管のシングルレイヤーで実現したという,非常に高度な技術で設計施工された構造物です.構造技術者の賞「JSCA賞」を受賞していて,以下に構造の詳しい説明があります.

第16回JSCA賞 作品賞 彩の国くまがやドーム

www.jsca.or.jp より

事故前の鳥瞰写真を見ると,膜屋根の表面には,長手方向に,山谷のラインが交互に並んでいるのが確認できます.

膜は言ってみれば,ただの布なので,格子にただ貼り付けただけでは,構造体としては成り立ちません.最初の写真を見ると,膜が破れた箇所には,ニョキニョキと屋根面に鉛直なポストが残っているのが分かります.各格子の中央にあるこのポストが,膜を下から押し上げる形で,膜をテントのようにピンと張った状態にして構造体として成立させていました.

このポストで押し上げられた点が連続して,山のラインを形成していました.谷のラインは膜が直接,鋼管に取り付けられていたラインです.

くまがやドーム屋根崩落 20140216

動画を見ると,この山のラインに沿って膜が破れたように見えます.これから推測できるのは,雪の重みで屋根表面が沈んだことにより,ポストが膜をより大きな力で突き上げる形になり,結果として突き破ったのではないか,ということです.点が連続して,線になって,あるいはポストのてっぺんを繋ぐリッジケーブルに沿って,破けたように見えます.

ピンと張ったハンカチの中央を,下からボールペンで突き上げることによってテントを形成していたのだけど,その突き上げる力が大きくなり過ぎて,ボールペンが突き抜けてしまった,というイメージですね.

もう少し規模が大きい膜屋根だと,接触する部分のポストの径を大きくする,あるいは,接触する部分の膜を2重or3重にして頑丈にしたりします.この屋根でも,膜の重ね合わせ部分に接触させていたようなので,強度は多少あったと思いますが,さすがに想定以上の積雪荷重がかかると,どうしようもないですね.

膜を支える構造体はそのまま残っているので,もし何もダメージがなければ,膜をもう一度張るだけなので,割りとすぐ復旧できるんじゃないでしょうか.大規模な屋根なので,センセーショナルな事故に見えますが,実際はそうでもない,という印象です.

*

積雪による膜屋根の崩壊というと,バンクーバーのBCプレイス・スタジアムやアメリカのミネソタ州にあったメトロドームを思い出します.これは膜と言っても,くまがやドームとは違って,東京ドームと同じ空気圧で膨らませるタイプのものでしたが,同じく積雪で膜が破れました.度重なる事故や維持費の関係でこの屋根は諦めて,BCプレイスには今は全く違う構造システムの膜屋根がかかっています.

雪の重みでメトロドームの屋根が破れて沈んでいくところ内側で撮影した貴重な動画
Raw Video: Snow Causes Metrodome Roof Collapse

膜が破れても,(勿論雪が落ちてはきますが)コンクリートや石膏ボードが落ちてくるわけではない,というのは膜構造の大きなメリットです.あと膜は,寿命のために,張替えを前提に設計されている場合が多いので,不測の事態の時の張替えもそこまで難しくはないのではないでしょうか.

いずれにせよ,詳しい調査結果が待たれるところです.

*


(追記)

(膜の初期張力値をコントロールして)屋根の全体座屈よりも先に,膜が破れるように設計していたのでは,という興味深いご意見があったので,防備メモ.

(追記 2014/4/6)

熊谷スポーツ文化公園の公式発表にすると,平成26年度の施設利用は休止となったようです.

「2月14日からの記録的な大雪の影響により大きな被害が発生した、彩の国くまがやドームについてですが、施設の損傷状況の度合いが大きく、復旧まで長期間かかる見通しです。つきましては、平成26年度の「くまがやドーム」の施設利用は1年間休止させていただきます。」(熊谷スポーツ文化公園HP)
http://www.parks.or.jp/kumagaya/topics/?id=264


 (追記 2015/2/10)
熊谷スポーツ文化公園の公式発表にすると,2016年4月の施設利用再開予定のようです.

「2014.11.15 【お知らせ】くまがやドーム復旧工事について
くまがやドームは平成26年11月17日(月)から復旧工事を開始いたします。ご利用の皆様方には大変御不便をおかけしております。今後、本格的な復旧工事を開始し、多目的運動場の利用再開は平成28年4月を目指しております。なお、ドーム内の体育館は平成27年4月に利用再開ができるよう努めてまいります。」(熊谷スポーツ文化公園HP)
http://www.parks.or.jp/kumagaya/topics/?id=264


(追記)

動画はBCプレイスではなくメトロドームのものでは,とのご指摘を頂き訂正しました.



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引き続き,スペインの鉄道橋.唐突ですが,私はとにかく,スペインの橋梁デザインが大好きなんです.世界で最も美しい橋を創るのはスペイン人であると,思っています.と言うと,大抵の人には,あぁ,カラトラバね,と言われるんですが,カラトラバは“one of them“に過ぎません.

と,少々脱線しましたが,今回取り上げたいのは別の“one of them“,Petelta事務所のソブリーノ(Juan A. Sobrino)氏が設計した鉄道橋です.1994年の創設以来,Petelta事務所は非常に面白いデザインの橋梁をたくさん設計しています.2006年に,当時所属していた研究室でスペインの視察旅行をしたのですが,その時にソブリーノ氏には随分とお世話になり,それ以来,個人的にも親しくさせて頂いています.氏の紹介はまた追々.

ご紹介したいのは,Llinars BridgeとSant Boi Bridgeの2橋.前回のエブロ川鉄道橋と同様に,スペインに建設中の高速列車鉄道ネットワークの一部で,マドリッド~バルセロナ~フランスの路線の一部です.両橋ともバルセロナ近郊に架かっていて竣工はともに,2007年.見た目も非常に似た,まるで双子のような鉄道橋.大きな違いは,カラーリング.一つ目のLlinars Bridgeが青くて,2つ目のSant Boi Bridgeが緑となっています.

今回は青のLlinars Bridge.


写真で見て分かる通り,とても人目を引くデザインの鉄道橋です.高速道路をスキューしてまたぐこの鉄道橋の主な設計条件は以下のようなものでした.

  • 建築限界(高速道路表面よりH=5.5m)の確保
  • 施工中でも,高速道路の交通を邪魔しない
  • 人目につく場所なので,意匠にも注意を払う

すでに,レールの高さ位置が決められていたので,桁より下に構造部材を配置することは不可能.そして高速道路の通行止めを避けるためには,足場を組むことは許されない.つまり,押出し工法などで施工できる構造システムに限定される. 9つの設計案が比較検討され,最終的に写真のように,鋼コンクリート合成床版を用いた,スチールで補剛された下路式の案が選ばれました.

施工における制限が,全体のデザインに影響を及ぼすというのは,橋梁デザインならではですね.


案の決定には,もう一つ重要なファクターがありました.それはスチールという材料.エブロ川鉄道橋の記事でも書きましたが,2003年までスペインではスチール,そしてスチール+コンクリートのコンポジット構造は,高速鉄道橋には認められていませんでした.

フランスのTGVの高速鉄道橋でコンポジット構造が採用され,経済的にもコンペティティブであることが実証された上で,ようやくスペインでも認められました.

この橋は,その過渡期に設計されたもので,この路線では初めてのコンポジット構造となりました.このあたりに,ソブリーノ氏のエンジニアとしてのチャレンジ精神が見て取れます.いくらお隣の国フランスで実証されたとしても,施工技術のレベルは違いますし,設計条件の厳しい鉄道橋で新しいことに挑戦するのは勇気がいることです.

設計基準がまだなかったので,従来の鉄道橋の基準と,コンポジット構造の道路橋の基準,荷重の設定などはユーロコードを参照したそうです.

デッキ部.見に行った時はまだ竣工前でレールは敷かれていませんでした.

さて,この橋を印象づけている,スチールの補剛材の造形ですが,曲率をつけたのは意匠的な理由とのことです.構造的には,主塔のてっぺんから,デッキのスパン中央をスチール材で吊っている形になるわけです.曲線なので一見吊り橋のようにも見えるけど,構造システムとしては斜張橋に近いということですね.

つまり,構造的には直線でいいのに,意匠的な理由でわざわざ曲線にしたということになります.

とはいえ,美観も重要視された中で,この程度の“経済的な合理性からの偏心”は,全く問題無いと思います.直線だけで構成された無味乾燥なデザインよりは,曲線をつけた方が,より優雅で,より親しみ易いデザインになったような気がします.

Sobrino J. Two steel bridges for the high speed railway line in Spain. Stahlbau. 2010;79(3) より

ただ,私自身は,この橋を見ても,そこに”普遍的な美”といったようなものは見つけられませんでした.理由は3つ.

1つ目は,桁下空間の狭さ.桁のレベルから,下(高速道路まで)が約5mなのに対して,上(主塔のてっぺんまで)は14m.大分,頭でっかちのプロポーションと言えます.

2つ目は,スチールの補剛材のデザイン手法.吊部分には主に引張力,主塔には圧縮力が作用します.しかし,この橋では,全く構造的な機能が違うこの2つの部材を連続的に,一体化して表現しています.これは例えばプロダクトデザインなどでよく見かける手法ですが,このスケールでは整合性に問題が出てきてしまっているのではないか.

そう感じてしまう原因は,単純に,吊部分の断面が1.7x1.6mと随分マッシブだから,かも知れません.ただ,橋のスパンが最大で75m(幅17.2m)ということを考えると,この断面の大きさは,構造的に特に違和感を感じるようなものではない.

と考えると,この造形を批判するのであれば,構造システムの選び方に遡って考えないといけないのかも知れません.

最後の3つ目はカラーリング.メインはライトブルー,そして下部の箱形断面梁の下半分はグレーで塗装されています.この二色の境界線が,構造的な不連続面と一致していない点に少々違和感を感じます.

と,少々辛口になりましたが,技術的には,その革新性も含めて素晴らしい鉄道橋だと思います.続いて双子のもう一人,緑の橋を見てみましょう.

(つづく)

高速道路上に橋脚が建てられないので4mほど外に張り出している.このスケールでは技術的な要件と意匠的な要件をすり合わせるのが難しい.



[基本情報]


完成年:
2007
機能、種類:
鉄道橋(高速鉄道)
設計:
PEDELTA (Juan A. Sobrino, Javier Jordan, Juan V. Tirado, Ricardo Ferraz)
施工:
Constructora Hispanica
発注:
ADIF
構造形式:
A composite steel-concrete deck suspended on steel tied curved members
規模:
橋長 574 m (コンポジット構造部307m+PC桁部267m)
コンポジット構造部の支間割 45 m – 71 m – 75 m – 71 m – 45 m
幅 17m (軌道部14m)
位置:
Located in the town of Llinars del Vallés, about 45 km north of Barcelona, the first bridge spans the AP-7 highway at a skewed angle.
アクセス:
電車と徒歩で行けます(詳細は後日)

author visited: 2007-09
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ドイツ在住の橋梁・構造エンジニア / email: motoi (at) masubuchi.de

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