前エントリーの通り,鉄道橋のデザインガイドの日本語訳を出版したのは昨年なんですが,せっかくなので本の紹介も少々.以下は訳者あとがきからの抜粋です.
「本書は、日本のJRにあたるドイツ鉄道(DB)のグループ会社が2008年に出版した“Leitfaden Gestalten von Eisenbahnbrücken” の全訳である。発行者の「DB Netze(DBネッツェ社)」は、鉄道インフラの設計や管理などを専門とする。つまり、ドイツにおける鉄道橋デザインの公式ガイドラインといえよう。
この本を手に取っていただいた日本の読者、特にエンジニアの方は、「地震国では参考にならない」とまず思われたかもしれない。確かに、地震のないドイツと日本ではまったく事情が異なる。鋼製橋脚を例にとっても、ドイツではコンクリートを詰めるなどして驚くほどスレンダーに実現できる。東京駅の中央線高架の一部で鋼製橋脚が用いられているが、日本では例外といえるほど希な実作である。したがって本書を安易な設計のコピーのための仕様書と考えると、さほど魅力を感じていただけないだろう。
しかし、建築のデザインや設計思想の話をするときに、地震国であるか否かを気にする人がいるだろうか? 本書から学ぶべきは、技術やアイデアそのものというよりも、その背後にあるドイツのエンジニアたちの設計哲学なのである。それは、フリッツ・レオンハルトやヨルク・シュライヒといった橋梁設計の巨匠によって蓄積されてきたのである。
日本の橋梁設計・施工技術が、世界トップレベルにあることに疑いを持つ人は少ないであろう。それにもかかわらず、技術と同程度に、実作で世界の賞賛と尊敬を集めているかと問えば、長大橋や一部の例外を除くと、答えは限りなく否に近いのかもしれない。
構造とデザインが分けて考えられないことは、本書で述べられているとおりである。例えば「景観検討」は、余分に加えられた設計業務の一つではない。橋梁設計において、エンジニアが内在的に持つべき検討項目の一つである。我々にいまだ欠けているのは、よい橋とは何か、そしてそれをどのようにして形にするのかという、エンジニアとしての強度を持った設計哲学ではないだろうか。
鉄道橋は、鉄道施設特有の制約条件や設計条件ゆえに、造形としての設計の自由度は、歩道橋などに比べれば随分と小さい。そのため、日本語の「デザイン」が喚起するイメージと鉄道橋とを結びつけて考えることは一見難しいように思える。しかし、エンジニアとしてのデザインとは、技術そのもの、そして技術開発であり、美観的な要素はそこに内在されるのである。この本が扱っているのは、そうした「エンジニアとしてのデザイン」である。コピーのためのネタではなく、地震のある国で、我々にしかできない橋をデザインするための気構えやヒントを、本書の中で見つけていただければ幸いである。」
また,執筆者の一人であるヨルク・シュライヒ氏より日本語版に寄せて,コメントも頂きました.
「鉄道橋は大規模で、寿命も長い。それゆえ、インフラストラクチャーの大切な要素であり、文化の一端を担っているのである。建設の芸術とは、切り離せるものではなく、形態と構造システムは一体であることで、はじめて意味を成す。形態に一致した構造と経済性の両立は、機能とデザインの調和に匹敵するテーゼである。このデザインのガイドラインが日本のエンジニア諸兄への刺激となり、高い技術革新の可能性を秘めた美しい橋梁の誕生に寄与することを願ってやまない。
ヨルク・シュライヒ」
実は出版前,時間がない中でコメントを急遽頼むことになったのですが,問い合わせてみたら,氏はスイスの山奥で休暇中・・.もう駄目かとほぼ諦めていたのですが,仲介者の方の大活躍もあって,なんと半日後にコメントが届きました.良い思い出です.
参考)
鉄道橋のデザインガイド: ドイツ鉄道の美の設計哲学 ドイツ鉄道 (編),ヨルク・シュライヒ ほか(著) ,増渕 基 (訳)
原書PDFの公開先について
(2017年4月追記)
「訳者あとがき」で示した,原著PDFのリンクが切れてしまっている,とのお知らせを頂きました.ドイツ鉄道の専門委員会の委員の一人であった,シュテフェン・マルクス教授(Prof.
Steffen Marx)の設計事務所のHPにて,まだPDFが公開されているようなので,ご興味のある方は以下のリンクよりDLして下さい.
http://www.marxkrontal.com/tl_files/pdf/LeitfadenGestaltenvonEisenbahnbruecken.pdf
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