個人的な話になりますが,以前,可動構造物を研究しているときに,折り紙研究者の舘さんと建築家の岩元さんと協働で「やわらかな剛体」というものをコンペで提案したことがあります.
建築・土木構造物は,外力に対抗するために剛性を必要とします.つまり「やわらかな剛体」というのは相反する意味合いを意図的に組み合わせた名前でした.構造物の可動性は,剛性をどうコントロールするかという問題に行き着きます.しかしながらそれは,建築や土木の規模の構造物では簡単に解決できることではない.結果として,可動式の屋根や橋のほとんどは,実にプリミティブなシステムのものに限定されます.
可動式のものに限らず,こうした「やわらかさ」を求めたデザインは,近年特に学生の手によるパビリオンなどでよく見ますが,そのほとんどのものが残念ながら構造物としては質が高いものにはなり得ていません.
前置きが長くなりましたが,ここからが本題.
先日,こうした「やわらかさ」を大規模な構造物として実現したアート作品を見る機会がありました.アメリカ人のジャネット・エシェルマン(Janet Echelman)の作品「She Changes」.ポルトガルのポルトの海岸沿いに建てられました.
ラウンドアバウトの中央スペースの,高さ30mほどの宙に浮かんだネットが,風に吹かれてゆらぎ,実に不思議な印象を見る者に与えます.直径約45mと,これだけ大規模なもので,これほど「やわらかい」ものはなかなかお目にかかれません.
放射状にケーブルで補剛された,いわゆるスポークホイール型の鋼製のリングが,周辺に立てられた3本のマストで引っ張り上げられています.PTFE製のネットはリングの外周と中心で支えられています.「剛」の静止したリングと「柔」のネットを組み合わせて,「やわからな剛体」を実現しています.
構造解析ができるエンジニアをなかなか見つけられず,最終的にはヨットレースの帆を設計している航空エンジニアを見つけて,ようやく実現に漕ぎ着けられたそう.完成は2005年なのでもう10年以上問題なく建っているようです.
アーチストによると,インドでの展覧会を間近に控えて,届くはずの自分の作品が届かないという逆境に,このネットで吊るという作品のアイデアが閃いたそう.海辺を歩いていて漁師が網を使っているのを見て,網であれば材料も,お金もかけずに巨大な彫刻作品を作れる,と.少ない材料で経済的にそして効率的に大スパンを覆うという,まさに軽量構造の利点とのシンクロが面白いですね.
一点だけ気になったのは,これが恒久的なアートのインスタレーションとして本当に適しているのかという点.完成から10年以上経っていて,老朽化が目につきました.
特に気になったのはカラーリング.リングやネットの赤色はおそらく完成当時はもっと鮮やかなものだったでしょう.おそらく今よりももっと人目を引く作品であったはず.彼女の新しい作品の写真をネットで見ると,どれもできたばかりのものは色鮮かやで,とても魅力的に見えます.当然ながら,外に建てられた構造物はどんどん老朽化していく宿命にあります.カラーリングの,特に彩度に頼ってしまうのは,この種のものとしては危険であるように思いました.
[基本情報]
名称:
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She Changes
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完成年:
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2005
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設計:
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Artist Janet Echelman
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位置:
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Anémona, Praça da Cidade do Salvador, 4100
Matosinhos, Portgal
41.17338, -8.68873
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アクセス:
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公共交通機関としては地下鉄とバスがあります
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[参考]
[1]
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https://en.wikipedia.org/wiki/She_Changes
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[2]
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https://www.ted.com/talks/janet_echelman?language=ja#t-458338
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[3]
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http://logmi.jp/35553
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author visited: 2017-10