橋はまっすぐ架けるべきか - コインブラの歩道橋からセシル・バルモンドとは何者かを考えてみる


ポルトガル第三の都市,コインブラにかかる歩道橋「ペドロ・イネス(Pedro eInês)橋」を見てきました.

モンデゴ川(Rio Mondego)は,緩やかな流れの川ですが,冬に度々洪水を起こします.そこで必要とされる大きな洪水域を,普段は緑地公園として使うために,一帯が整備されました.この橋はその整備の一環で架けられました.


この橋は2006年の竣工当時だいぶ話題にになりました.私のまわりはエンジニアばかりでしたので,批判の方が大きかった記憶があります.理由は言わずもがな,立面で見れば普通のアーチ橋なのに,橋を真ん中で切って平面でずらしている点です.これにより余分な力が発生するので,力学的合理性や経済性という観点からはなかなか理解し難い.


この不思議な橋を構想したのは,当時ARUPのスター・エンジニアであったセシル・バルモンド(Cecil Balmond).エンジニアがこういう不合理な発想をするものかというのも,一つの議論の的でした.

バルモンドのスケッチやメモから,この橋の構想過程がよく分かります.a+u[1]載っている彼の思考メモをそのまま信じれば,平面システムそして立面システム(アーチ)という順番にこの橋を構想したようです.順を追って記述してみます.

1. 平面システム 橋はまっすぐ架けるべきか

A地点からB地点を障害物を乗り越えながら最短距離で(つまり多くの場合直線で)つなぐのが一般的に橋に求められる機能ですが,橋の設計に参加する多くの建築家がそうであるように,バルモンドはまずこの大前提の再解釈から始めています.

例えば深い谷にかかる橋では,歩行者はその高さに恐怖を感じるので,直線という最短距離で対岸に渡りたがる.しかし,この架設場所のように,桁下高さが小さく,穏やかな流れの川の上を渡る時は,恐怖感は持たず,心に余裕がある.それでも橋をまっすぐに架けるべきか?


川の上にまっすぐに架けられた橋は「その軌跡に一切の変化を受けない投射物のように,加速をつけながら水の上を飛び越えていく軌道」であり,「直線が端的に内包している方向性のあるエネルギー,力の視覚化」によってそのイメージが形成されます.

「純粋な矢の飛行は自己中心的なものであり、そこに『そのもの - 自然』を保つことに全面的にとらわれている.(The pure arrows flight is self-centered wholly preoccupied with keeping “that thing - Nature” out there.思考のメモなので非常に難解ですが私は,まっすぐに橋を架けようとすることは,周辺地域に出来るだけ影響を及ぼさないようにするという橋梁設計の規範に囚われすぎている,という感じに理解しました.

つまり,彼は,この美しい川の上に,橋をまっすぐ架けることに対して疑問を持ちました.橋をまっすぐに架ければ,対岸へ渡ることだけを強制してしまう.美しい川の上で立ち止まり,さまよう,あるいは眺望を楽しんでもらうにはどうするべきか?


そこで,橋を真ん中で切ってしまう,相互に出会うことのない2つの部分からなる橋というアイデアに行き着きます.2つの片持ちによって,橋の中央には浮かんだプラットフォームができます.ここで生まれる歩行者のアクティビティこそが,バルモンドが意図した効率性重視への信念の否定です.

「ペドロとイネス(Pedro eInês」」は,結ばれなかった2人の悲恋の物語で,相互に出会うことのないこの橋の名の由来になっています.ですが,それは後付のよう.

2 立面システム(アーチ)

付近に斜張橋が架かっているので,視覚的な衝突を避けるために,橋上に構造システムがあるものは避けたい.そして川の上を跳ねていく石をイメージして,下路橋であるアーチが選ばれました.ただ3連アーチにしてしまうと,川端での水平力を処理しなくてはいけません.地盤が悪く,杭が30mも必要になってしまうので,この端部でのアーチをなくしました.結果,半アーチ(64m+アーチ(110m+半アーチ(64m)という構造になっています.


バルモンドによると,橋の平面での非対称性を反映するために,断面においてアーチの位置を桁中央ではなく外側に偏心させています.が,さらに余計なねじりが発生すると思うので,私としてはこの力学的な意味は未だによく分かりません.


青とピンクと緑と黄色のガラスで作られた,まるでステンドガラスのような高欄がこの橋のもうひとつの大きな特徴です.まっすぐではない橋という特性を,高欄にも反映するためにあえて曲げる.そして,水面からの反射をとらえて互いにきらめかせるために,各ガラスパネルは3次元に配置されています.

この数学的に制御された美しい高欄は,まさにバルモンドの真骨頂という気がしました.これほどデザインされた高欄というのはなかなかお目にかかれません.と,同時に,バルモンドが本質的には橋梁エンジニアではないという何よりの証とも思います.

橋梁エンジニアは,ほとんどの場合高欄をシンプルにデザインします.メンテナンスの問題や経済性がその理由であるのは当然ですが,それ以外の理由として,橋梁デザインの本質は全体のフォルムに帰結する,と多くの橋梁エンジニアが考えているからです.つまり,細かいデザインは橋梁デザインの本質ではない.


私がこの橋を見て抱いた違和感は,構造システムのデザインと,こういうディテールのデザインのスケールがあまりにもジャンプしている点です.この橋は270mという歩道橋としてはかなりの規模のもの.それに対して大きな断面のアーチ構造にすることによって,実にシンプルな全体フォルムを形作っている.その構造のスケールに対して,高欄のデザインのスケールはあまりに小さい.バルモンドは橋の人ではないという印象を再確認しました.

なお,この橋の設計者としては,バルモンドの名前ばかり聞きますが,彼はこの橋においてはアーキテクトしてクレジットされていて,エンジニアは地元ポルトガルのAntónio Adão-da-Fonseca社

先日ベルリンで行われた国際学会Footbridgeでこのエンジニアの方の講演を聞く機会がありました.氏によると,この平面でデッキをずらしたことにより,橋軸直角方向の剛性が飛躍的に向上したそう.アーキテクトの選んだフォルムにより,確かに力の不均衡を生んだが,最終的には美しい造形と力の均衡した形が最適化され,予想もできなかった相乗効果をもたらした,と結論していました.


結局とのところ,よく言われる構造的合理性という言葉も,相対的にしか定義され得ません.

ちなみに,彼らはバルモンドのことをarchitect/designerであり,元・構造エンジニア(former structural engineer)と表記していました.この橋のデザインアプローチを見れば,氏の特性は狭義の意味では,エンジニアのものではないのがよく分かります.そして,彼の今の仕事を見るとこの表記は正しいように思います.

2010年に東京で行われたバルモンドの展覧会は,私も見に行ったのですが,正直よく分からなかった.彼の書籍を読んでも,詩的な表現が並んでいて理解する意欲があまり沸かないというのが正直なところです.多分そういうエンジニアの方は多いのではないでしょうか.

しかし,こうして橋に対してのデザイン・アプローチを読み込んでみると,彼が言わんとしていること,物事の本質を捉えようとする姿勢はおぼろげに見えてくる気がします.


[基本情報]

名称:
Ponte Pedro e Inês
完成年:
2006
機能、種類:
歩道橋
設計
Design: AFAssociados (António Adão-da-Fonseca (designer)) and Ove Arup & Partners (Cecil Balmond (architect))
Structural engineering: Renato Bastos (AFAssociados)
施工
Soares da Costa
発注:
Coimbra city
受賞等:
(要調査)
構造形式
アーチ橋
規模:
橋長274.5 m
支間割30.5 m - 64 m - 110 m - 64 m - 6 m
桁下高さ 10m
幅員4 m
位置:
Coimbra, Portugal
Mondego River
40° 12' 4.10" N    8° 25' 37.18" W
アクセス:
Coimbra駅より徒歩15

[参考文献]
[1]
Cecil Balmonda+u Special Issue (エー・アンド・ユー臨時増刊) 2006/11/1
[2]
インフォーマル –セシル バルモンド (),‎ 2005/4/1
[3]
Renato O. Bastos, António Pimental A. Fonseca and António Adão da Fonseca
“Playing Structural Efficiency with Architects”, Footbridge 2017 Berlin - Tell A Story, 6-8.9.2017, Technische Universität Berlin (TU Berlin)
[4]
[5]
「エレメント」オープン記念レクチャー, セシル・バルモンド
[6]
セシル・バルモンドから未来の建築を見る, 福西健太
[7]
[8]
Ponte Pedro Inês Rio Mondego, António Adão da Fonseca

author visited: 2017-10



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