10/27/2018

ロボットがつくる未来の石積み構造「Rock Print Pavilion」

先日,スイスのヴィンタートゥール(Winterthur)に「ロック・プリント・パビリオン(Rock Print Pavilion)」を見に行ってきました.



巡回展「Hello, Robot」のゲヴェルベ美術館(Gewebemuseum)での開催に合わせて建設された仮設のパビリオンです.

骨材とより糸から構成され,ロボットを使って建設されています.設計はETH ZurichのGramazio Kohler Researchのチーム.



公開されている動画(下記)を見ると,より糸を水平に移動させながら円を描くように垂らして置く,そしてその円の上に骨材を敷き詰めて軽く叩いて締める,その上にまたより糸を垂らして…というのを繰り返して層を重ねていったようです.


キャプチャー画像  https://vimeo.com/294086902 より


この骨材は何らかの方法で,多少なりとも固められているんだろうと思っていたのですが,現場で見たら,骨材はそのまま置かれているだけのようでびっくりしました.手でほじればどんどん崩せるくらいにルーズです.



それを見てようやく,このパビリオンのすごさを理解できました.つまり,どこにでもある安価な材料を最小限度使って,再利用・再構成可能な,外荷重に耐えられる構造物を造る.しかも自由度の高いジオメトリーで.

という難題を,コンピュテーショナル・デザインと自動化されたファブリケーション技術で実現しているわけです.

特に再利用可能な部分,材料自体には全く手をつけてないので,解体しても別のところでそのまま材料を使ってまた作れるというコンセプトはすごい.

必然的にそうなるのでしょうが,地面と柱が連続化しているのも面白かった

構造はどうなっているのか.説明がネット上にも見当たらないので推測するしかありませんが,おそらくより糸が円状に敷かれているのが鍵で,骨材が外に膨らもうとする力をより糸の摩擦で抑えているのかも.

粒状の物質からなる集合体を,形状保持が可能な一つのソリッドに変化させる.通常ナノ~メソといった小さいスケールで研究されているアイデアを,マクロスケールで試みている研究だそうで,2015年から進められているそう.

このパビリオンには,約120キロメートルの糸と約30トンの石が使用されています.

一部だけネットで補剛していました

鋼製の屋根は施工段階では,仮支柱に支えられていたよう.柱の完成後,仮支柱が取り除かれています.わざわざ屋根を先にかけたのは,ロボットを雨などから守るためでしょうか.

屋根がどういう構造なのか,なんとか上から撮ろうとした頑張った図

美術館の方に,このパビリオンについて少しお聞きしました.専門家の方ではなかったので,情報の正確性は保証できませんが,屋根の重さは8トン.写真にある青いケーブルはファイバーのゲージで,これによって2,3日ごとに,変形量を計測しているそうです.確かにクリープは大きそうですね.


このシステムによる柱は何度か作られていますが,屋外で一定期間,しかも実際に屋根を支えているのは初めての試みのよう.

いくらアイデアが面白くても,実際への適用ではヴァンダリズムなど色々と考慮しなくてはいけません.なので,1ヶ月とはいえ誰でもアクセスできる公共の場で実現させたのはすごいの一言です.

https://www.gewerbemuseum.ch/en/exhibitions/rock-print-pavilion

Rock Print Pavilion – A research demonstration by Gramazio Kohler Research, ETH Zurich.
展示期間 04.10.18 – 04.11.18
場所 Gewerbemuseum Winterthur,スイス


author visited: 2018-10

10/20/2018

良い橋って何?という人のための橋梁デザイン入門 - モランディの傑作を教科書として




驚くべきことに,晩夏のヴァーリ湖(Lago di Vagli)には全く水がなかったのである.

水面に浮かぶ凛とした姿が見れることを期待していたのに.

少々がっかりはしたけれど,しかし,それでもこの橋の佇まいには心打たれるものがあった.




この橋にはほんの少しだけ思い入れがあった.出会ったのは,「Footbridges」を翻訳していた時である.美しい歩道橋が陳列されたショーケースの中で,この橋は独特の雰囲気を放っていた.

「Footbridges」
上がそのページの写真.そもそも橋の写真集なのに,写っているのはほとんど風景である.言われてみれば確かに写真左奥に橋は写っている.しかしこの橋は何も主張してない.それにも関わらず,この橋には惹きつけられる何かがある.

こう感じていたのは別に私だけではなかった.八馬さんも同じように感じられていたようだった(はちまドボク 岬の上の小さな村)し,この本の紹介でこのページがよく使われているのもその証拠だ.

そう,少しおごった言い方になってしまうけれども,この橋は橋が分かっている人ほど惹きつけられる,そんな魅力を持っているのである.

「この橋は必ずこの目で見なくてはならない」そう思いながらも,イタリアの山奥の村まで行ける機会はそうそうなかった.八年を経てようやく見ることができたのである.


リカルド・モランディ(Riccardo Morandi)が設計したこの歩道橋は,トスカーナの村,ヴァーリ・ソット(Vagli Sotto)の貯水湖に架かるもので,ダム建設に際して1953年に造られた.

プレストレスコンクリート製の3ヒンジアーチで,アーチ部のスパンは70mである.

40mという水面からの高さ,さらに幅員とのプロポーションを考えると,支保工を立てるのはどうしても不経済であった.さらには,同時進行していたダム建設によって橋の建設中にどんどん水位が上がる.

施工中の写真  Two stages in the rotation of a half-arch, taken from [2]
そこでモランディは両岸それぞれに半分のアーチを立てて,それらを真ん中に向かって倒して繋いだ(*)

通常この施工法では,同時に両岸の半アーチを倒していくケースがほとんどであるが,ここでは真ん中に仮支柱のトレッスルを建て,片方ずつ順番に行っている.こうすれば,アーチを回転させる機械を一つだけ用意すればよい.



特筆すべきは,回転中の応力のコントロールである.状態によってプレストレスを調整し,アーチ内に発生する応力を制限した.

回転中のモーメント図  Diagrams of the bending moments, taken from [2]

橋は何らかの障害物を乗り越えるために作られる.この橋もそうであったように,建設中でもその障害物によって,例えば足場が組めないというケースは多い.

完成していない,構造として不完全な状態でも大きなスパンをまたがなくてはいけない,というのは橋梁の特徴である.そして,それこそが設計者を悩ます難しい点でもある.結果として,完成後の大きな活荷重がかかった状態ではなく,施工中の状態が断面の大きさを決めてしまう場合も多々ある.

モランディの設計が秀逸なのは,この不安定な状態を完全にコントロールして,経済性を確保しながら究極までにスレンダーな構造物を実現させた点にある.しかも非常にシンプルな機構によって,である.


橋の批評が難しいのは,それが工学的な構造物であるにも関わらず,純粋に技術だけでは評価できない点であろう.技術力の高さ=橋としての質の高さ,ではない.

ピアノは鍵盤を押せば音が出る.機械的な技術だけで,たとえ楽譜通りに正確に弾いても,それらはただの音の羅列に過ぎない.そこに抑揚をつけ,強弱を加えることによって,感情やイマジネーションが込められる.立体的な,表情豊かな音楽性を帯びるのである.


技術はアウトプットへの手段であって,それ自体が評価の対象ではない.結局のところ,技術は必要条件なのであって,それが適切な場所に適切に適用された時に,橋も特別な性質を帯びるのである.

「桁は支承部に近づくに連れて次第に薄くなり,支点の上にまるでレコードプレーヤーの針のように置かれている.」(上述のFootbridgeより)


モランディのこの橋は,高い技術によって,はじめてここまでシンプルでスレンダーな外観を獲得したのである.この橋が紡ぎ出す表情豊かな音色はここにある.

世界の多くの橋梁エンジニアは,スレンダーさが橋梁美にとって正義であると盲目的に信じている.

この橋は,そんな信仰の実存である.

エンジニアリングの追求が美に到達したのである.



実際に訪れたい方への余計なガイド


山深くに位置するため,ここまでの運転は結構大変なのでご注意下さい.

このダム湖は水位が季節ごとにガラッと変化します.「Footbridges」(p.7)によれば6月は水位が高いよう.私が訪れた9月末では写真の通り,水位はほぼ0でした.(が,検査のためにたまたまダム湖の水を全て抜いた可能性もあり.要調査)
 
上述の通り,景観的な魅力としては水があるときの方が良いかと思いますが,水がなければ橋脚の足元までアクセスでき,ディテールまでじっくり観察できるというメリットがあります.

橋の近くの丘の上には13世紀に作られた建物や街路そのままの非常に魅力的な集落があります.世界遺産ではないのかと思ってしまうレベル.少し集落を散策すればフレンドリーな猫達(おそらくすべて飼い猫)がわんさか付いてきて一緒に遊ばうと誘ってきます.



このダム湖は一周グルッと散策できます.橋は自由にアクセスできますが,この橋のたもとから一部は有料の散歩道.出入り口は無人のゲートでお金を入れて通ります.確か一人2ユーロくらい.この有料の道上に吊橋が架かっていて,なんと床版の一部がガラスになっていて湖を覗けます.




観光の目玉として,上方の山からのハーネスをつけて空中滑降する有料のアトラクションがあります.この橋の上空も跨ぎます.勇気がある方はぜひどうぞ.


>Youtubeに空中滑降しながら撮影された動画がありました
Volo dell'Angelo - Lago di Vagli Sotto 2017



*)この施工法は当時すでにエンジニアのKrallによって,イタリアのBeneventoのCaloreをまたぐ橋(1946年)で採用されている.[3],[5] この事実一つ見ても,当時のイタリアの橋梁設計は技術的に世界の最先端にいて,黄金期を迎えていたことが分かる.
現代的なロアリング工法(独 Bogenklappverfahren)で最初に建設されたのは,ドイツのアルゴイで1986年に実現されたArgentobel橋とのこと.現在まだ確認中.

[基本データ]

名称:
Lussia BridgePonte Morandi, Footbridge over the Lussia at Vagli di Sotto, Vagli di Sotto footbridge, ヴァーリ・ソットの歩道橋
完成年:
1953
機能,種類:
歩道橋
設計
Riccardo Morandi
材料:
コンクリート
構造形式
3ヒンジアーチ
規模:
橋長 122m
最大支間長 70m
位置:
Vagli Sotto, Lucca, Tuscany, Italy
44° 6' 40.12" N    10° 17' 32.97" E
アクセス:
自動車で,公共交通機関はおそらくバスのみ

[参考]
[1]
Footbridges - 構造・デザイン・歴史」 鹿島出版会、2011
ウルズラ・バウズ、マイク・シュライヒ ()
久保田善明(監訳)、増渕基+林倫子+八木弘毅+村上理昭(翻訳) pp.7, 60-61
[2]
Giorgio and Benito Boni Boaga, The Concrete Architecture of Riccardo Morandi, NY Praeger (1966) pp. 30-36
[3]
Imbesi, Guiseppe / Morandi, Maurizio / Moschini, Francesco (1991): Riccardo Morandi. Innovazione, Tecnologia, Progetto. Gangemi Editore, Rome (Italy), pp. 22, 170-171.
[4]
[5]
Carolina Di Pietro, History of the Italian contractors of large reinforced concrete structures in the twentieth century, Proceedings of the 6th International Congress on Construction History (2018)

author visited: 2018-09


10/14/2018

ジェノヴァの橋の崩壊は設計者モランディの責任か - 続報 - 現地に行ってみた

2018年9月の状況(著者撮影)
 (この記事には事故現場の写真が含まれますので閲覧にはご注意下さい.)

前回の記事 > ジェノヴァの橋の崩壊は,設計者モランディの責任か


モランディの橋の事故からおよそ二ヶ月.先日書いた記事のアクセス数は5000を超えていました.橋梁の枠を超えて,多くの人が関心を持った事故だったのがよく分かリました.

先日9月末日,事故の現場を見てきたので続報です.

構造デザイン的な観点からこの事故を振り返る


この種の構造物の事故には複合的な要因がつきものです.今回の事故に関しては,維持管理の問題の側面が大きかったとは言え,それだけが原因ではないだろう,特に設計の面から事故にまで繋がった遠因はなかったのか,というのが前回の記事を書いた動機でした.

当時の最先端の技術で作られたものであったがゆえに,その後明らかになった"落とし穴"をどう考えるべきか.

2012年の状況 (写真: 八馬智氏 はちまドボク

2018年9月の状況(著者撮影)

橋梁エンジニアの畑山義人さんは「構造デザインの本質は技術開発にほかならない」1)と書いていらっしゃいますが,設計者のモランディがこの橋で挑戦していたのは,(前回の記事で明らかにしたように)まさに技術開発でした.それこそが,この橋の事故が構造デザイン的観点からも,深く考えさせられる理由であるように思います.

この事故の全体像を把握するためには,耐久性,合理性,施工性,社会性,景観などといった二次元の広がりだけではなく,歴史や時間軸までを含めた三次元での理解が必要です.この包括的な特性はまさに構造デザインの本質と言えるでしょう.

モランディの誠実さ


1979年に設計者のモランディが,この橋の状態について論じた論文を読むことができました.


Morandi, R., The long-term behaviour of viaducts subjected to heavy traffic and situated in an aggressive environment: the viaduct on the Polcevera in Genoa (1979)

この論文でモランディは,「年々増加する自動車荷重によるくり返し作用」と「架設場所の環境」がもたらすコンクリートの劣化について当時の知見をまとめた上で,本橋梁の当時の状態を報告しています.

General plan, perspective, and view of the model of the polcevera Viaduct [3]

くり返し荷重によっては,プレストレスの効果で,許容範囲内の微細なひび割れしか発生していなかったようです.一方,海からの塩と,製鋼工場からの高濃度の有害物質を含む煙によるコンクリートの劣化は深刻でした.

ジョイント(おそらくゲルバー梁の支承)で使用したカドミウムめっき鋼版が竣工から5年後には錆びていたとのこと.ステンレスのものに変えたそうです.架設場所は私が想像していた以上に厳しい環境だったようです.

2018年9月の状況(著者撮影)

「この部材以外全ての鋼材はコンクリートで包んでいた」との表記から,設計時にも耐久性に対しては当時としてできる限りの配慮はしていたことは分かります.

「もしコンクリート橋の代わりに鋼橋案を採用していたら,もしステイケーブルをコンクリートでまいて,打設後再緊張してひび割れを抑制するという案を採用していなかったら,メンテナンスのコストがどうなっていたか,想像してみてほしい.」

という文からは,設計者としての自負が感じられました.

もちろん設計者自身が書いていることなので,エクスキューズの面はあるかと思いますが,論文にして公にしていた点,設計思想を後世に残していた点は素晴らしいことかと思います.

前回の記事に関しては,多くの反応を頂いた中で,塩害によるPCケーブルの腐食に,ひび割れは必ずしも必要ないと教えて頂きました.維持管理の複雑さ,難しさが分かります.

外ケーブルによるレトロフィット (2012年)(写真: 八馬智氏 はちまドボク

本橋梁は,1990年代前半に大規模な改修が行われています.3つのユニットのうち,今回崩壊したユニットから最も離れたユニットでは,ステイ材に腐食が見つかり一本のステイ材に対して12本の外ケーブルを追加するレトロフィットを行っています.

となりの真ん中のユニットでは,主塔頂部のアンカーを鋼版で補剛.

真ん中のユニット アンカーを鋼版で補剛  (2012年)(写真: 八馬智氏 はちまドボク

崩壊したユニットでも,主塔頂部のアンカー部をわずかに補修していたようです.つまり,1990年代前半の段階では,崩壊したユニットから離れた順番に,劣化が進んでいたよう.

この事故が起こらなければ,再度の大規模な補修工事が行われる予定で入札の準備が進んでいました.

どのように崩壊したか?


この事故のその後の報道としては,自分が見た中ではNY TIMESの記事が素晴らしかった.独自取材で崩壊の順序を示したのは,他のメディアとは一線を画していました.

Genoa Bridge Collapse: The Road to Tragedy, The New York Times has reconstructed how the disaster happened, from beginning to end.

Genoa Bridge Collapse: The Road to Tragedy, The New York Times has reconstructed how the disaster happened, from beginning to end.

南側のアンカーケーブルが2本同時にスラックした(らしい),というのは貴重な情報です.多くの人同様,私も最初は1本が切れたと思っていました.2本同時ということは,主塔頂部で何かあったと考えるのが自然ですので,そう考えるとまだ雷説も捨てられません.

それと,その後主塔まで引きずられて崩壊した理由は調査が進めば明らかになるでしょう.

Genoa Bridge Collapse: The Road to Tragedy, The New York Times has reconstructed how the disaster happened, from beginning to end.

事故から一ヶ月後の事故現場の状況


上述の通り,9月末に現地を訪れました.9月中に橋の残っている部分も全て撤去するという報道もありましたが,私が見た限りではそのままでした.

当日,トリノから高速道路を走って,北西側からジェノヴァに入ろうとしました.事故前であれば,この橋を渡って街中に入っていく経路です.

ジェノヴァまでの高速道路 本来あったであろう市街地までの情報が看板から消されている(2018年9月)(著者撮影)

当然ながら,街の手前で高速道路から下ろされ,そこからはひたすらカオスな交通状況.警察官が道路に立って交通整理をしていますが,全然足りていません.当然ですがカーナビも機能しませんので,どう走れば目的地に着けるのかも不明.

街から見る主塔,この橋はこの街のスカイラインを形作りシンボルとなっていたのがよく分かる(2018年9月)(著者撮影)

大都市のバイパスを突然失うということの重大さを感じざるを得ません.

この橋は,必要に迫られて無理やり街中に挿入したもので,これほど橋脚とその下の街路や建物が混在化しているものは珍しいと言えます.いかにインフラ整備が早急に必要とされていた時代だったのかがよく分かる土木構造物です.

参考 どちらが先か - はちまドボク

橋を横切るいくつかの道路は全て,軍が規制していて橋には近づけません.事故原因が分かっていない以上,橋の残っている部分もいつ崩壊するか分からないので当然の処置です.

主塔下を横切る道路,軍によって規制されていて進入不可(2018年9月)(著者撮影)

ただ,橋の間近に住んでいる人もいるはずだし,橋の下を横切らない限り,南北への交通手段がないはずなので,許可があれば通してくれるのだとは思います.

このように全て軍の規制下にあって,橋には近づけないと思っていたのですが,なんと,崩壊した真下のところには簡単に行けてしまいました.

事故前の状態 この写真の左下の白枠部分が今回撮影した場所(2012年)(写真: 八馬智氏 はちまドボク
事故現場 左が橋脚 落ちてきた床版で左右両側の建物が損傷しているのが分かる(2018年9月)(著者撮影)

当然ながら,私自身ただの一般人で取材許可があるわけではないですし,何より人が亡くなっているので,写真をここにアップするかは悩みました.

しかし,イタリアという日本からは離れた,違う言語の文化圏で起きた事故で,生の情報を提供することは資料として価値があるだろうと判断し,アップします.

事故現場(2018年9月)(著者撮影)

落ちてきた床版によってつぶれた建物や,壊れた車が目の前にありました.橋面のアスファルトはそのままですし,鉄筋や(おそらく)PCケーブルもむき出しです.

事故現場(2018年9月)(著者撮影)

橋が上から降ってきたら,などという橋梁設計者としては考えたくもない,まさかの光景が目の前に広がっていました.43人の犠牲者の方々や,ご遺族の事を思うと何も言えない気持ちになります.

橋の撤去後の動向


この橋の撤去後ですが,いち早く,ジェノヴァ生まれの世界的建築家レンゾ・ピアノが新しい橋を無償で設計することを州知事に申し出たという報道が流れてきました.その後承認されて実際に設計は進むようです.

2018年9月の状況(著者撮影)

美談として報道されているこの話ですが,橋の設計を生業としている身としては,いささか複雑な気持ちになります.

主な理由としては,コンペではなく指名で選んだこと.無償であること,そして一般にあまり知られていないことですが,建築家には橋は設計できないという事実.

これは能力的な話というよりも,実務上の分担の話.建物と違い,機能という部分においては橋はシンプルなので,それを設計時にコントロールする必要がほとんどありません.

マルテマルテさんとのインタビューで思わず膝を打ったことですが,橋の設計に関しては,業務上建築家ができる仕事量は非常に限られています.少々暴論ですが,橋の設計において建築家の主な仕事は最初の絵を書くまで.その後,鉄筋一本まで決めるといった,ほとんどがエンジニアの仕事.

だから無償でと言われても,建築家だから言える話だなとしか思えません.エンジニアリングのほうの仕事を無償で,というのはあの規模の橋ではちょっと想像できません.

もちろん,私も実務で,何度も建築家と協働しておりまして,最初の絵を書くことの重要さは理解していますし,コラボレーションの意義と可能性自体について疑ったことはありませんが.

レンゾ・ピアノが提案している橋の模型 http://www.bergamopost.it/che-succede/progetto-renzo-piano-ricostruire-ponte-genova/ より

そのような理由で,この報道には若干もやもやしていたのですが,ジェノヴァのあのカオスな交通状況を目の当たりにすると,一日でも橋を早く復旧させるべきだとは思いました.

その点で,あのスピーディーな提案も価値があったと言わざるを得ませんし,ああいう大胆な行動ができるということに対しては尊敬の念を持ちます.

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今回,イタリアの北アペニン山脈を通る高速道路を走行したのですが,山深く非常に難しい架設条件のところに架かる橋梁が多くて驚きました.この1960年代の"経済の奇跡"の高速道路建設こそが,イタリア橋梁の黄金の時代を築いたんだなとよく理解できました.

図らずもこの事故を通して,イタリアのこの黄金時代を学んでおりまして,あといくつか,イタリアの構造デザイン事例を取り上げてみたいと思います.

参考

  1. 畑山義人: 設計思想足で稼ぐデザイン,橋梁と基礎,Vol. 40,No. 8 (2006.8)
  2. Gentile, C., and F. Martinez y Cabrera. "Dynamic investigation of a repaired cable‐stayed bridge." Earthquake engineering & structural dynamics26, no. 1 (1997): 41-59.
  3. Giorgio and Benito Boni Boaga, The Concrete Architecture of Riccardo Morandi, NY Praeger (1966) P.168
  4. Riccardo Morandi. Innovazione, tecnologia, progetto. Ediz. italiana e inglese, Gangemi (1997) P.195-198, p204-206