2/24/2015

土木デザインのマイルストーン - ケンプテンの水力発電所 その1



私事ではありますが,ドイツは南,アルプス山脈の麓の小さな街で橋梁エンジニアとして働き始めました.ケンプテンは,ドイツで最長の木橋トラス橋や,世界最大規模の無筋コンクリート橋,膜コンクリート(独:Textilbeton)製の歩道橋があったりと,ドイツの橋通の間ではそこそこ名が知れた街です.


橋については追々紹介するとして,今日ご紹介したいのは,2010年竣工の水力発電所.


 

1950年代に建設された発電所を建て替えたもので,年間 14GWh の電力を生産し,およそ4000軒の家庭に電力を供給しています.(追記:2016年にもらったパンフレットには年間10.5Mio.kWh/3000軒と表記)専門のエンジニアによる,新しい発電所の計画が完成したあとで,施主であるアルゴイ電力会社(Allgäuer Überlandwerk GmbH)は,建物を“デザイン”することに決めました.単なる発電所ではなく,19世紀に建設された紡織工場(`Rosenau`)と調和し,かつイラー川の自然景観へ適合した新しい発電所の建設を目指しました.
 
発電所を横切る文化遺産登録された橋.有機的な形の現代的なシェルと,古典的なアーチとの対比.(なお,この橋は住居ビルへと接続されており,セキュリティーのため閉鎖されています)

ガイドの方に聞いた話ですが,実際的にはその他に,再生可能エネルギーを内外にアピールしたい,注目を集めたいという思惑があったそうです.戦略は非常に上手く言っているようで,社会科見学などを含めた見学の申し込みは竣工後数年経った今でも随分とあるそう.建築系の人たちからも年に15件くらいは申し込むがあるとのこと.かくいう私も,この発電所のことを建築のニュースで知ってから,いつか必ず見に行こうと決めていた一人でした.

ガイドはたっぷり1時間かけて行われ,子供相手だろうがお構いなしにきっちりと発電の仕組みや,建築や機械について説明してくれて非常に勉強になります.





地元ケンプテンのベッカー・アーキテクト設計による流線型とも言える外観は,自由曲面による鉄筋コンクリートシェルで構成されています.建物内部のコンクリート表面は,木の型枠を活かした荒々しい印象,外部は貼り付けによって柔らかな印象を与えています.このシェルは発電に伴う騒音対策の役目も果たしていて,構造的には下の発電所部分とは切り離されていて,支承の上に載っています.振動については,敷地全体が隔離され.周囲に伝搬しないようになっています.


土木構造物がこのようにデザインされるということは,もちろんドイツでもとても珍しいケースです. 風景の中に完全に埋没させるわけではなく,かと言ってその存在を殊更アピールしようとするものでもない.非常に高いレベルでのバランスが取れたデザインです.



景観的に“正しい”デザインは,その“正しさ”ゆえに,控えめなものに落ち着くケースが多いように感じます.その点で,この発電所は,幾らか挑戦的なデザインでありながら,周囲との調和もできているあたりが秀逸です.土木デザインのマイルストーンと呼ぶに値する構造物ではないでしょうか.






その2に続く.


[基本情報]
名称:
lller-Wasserkraftwerk AÜW
完成年:
20107
機能、種類:
水力発電所
設計
意匠 becker architekten, Kempten
構造下部 RMD Consult, München
構造上部 Konstruktionsgruppe Bauen, Kempten
施主:
Allgäuer Überlandwerk AÜW, Kempten
受賞等:
- Architekturpreis Beton 2011 [Preis]
- Architekturpreis für vorbildliche Gewerbebauten 2010
- Deutscher Architekturpreis 2011 [Auszeichnung ]
- DAM PREIS FÜR ARCHITEKTUR IN DEUTSCHLAND 2011 [Nominierung]
- baupreis allgäu 2013 [Anerkennung]
建設費
ca. 7,8 Mio. Euro (brutto)(建物部のみ)
規模:
Bruttogrundrissfläche: ca. 1 040 m²
Nutzfläche: ca. 590 m²
BRI: (Hüllkonstruktion): ca. 3865 m³
位置:
Keselstraße, 87435 Kempten / Allgäu,ドイツ
アクセス:
Kempten中央駅より徒歩15分.
内部はガイドでのみ見学可能.アルゴイ電力会社のHPより,電話かEメールで申込.ガイドは,4月から9月の間,毎週木曜日の17時半と土曜日の10時から行っている.(20152月現在)
HP> https://www.auew.de/privatkunden/energie-zukunft/fuehrungen-im-wasserkraftwerk-keselstrasse/

[参考文献]
[1]
[2]
[3]
[4]

author visited: 2014-05



2/16/2015

マイヤールのシェル



先日「チューリッヒに行くのだけど何か見るものはありますか」と聞かれ,少々悩んでしまいました.と言うのは,その名声の割には,この街には見るべき建築物や構造物少ないように感じているからです.かの有名なスイス連邦工科大学(ETHZ)があり,橋梁あるいは構造デザインの世界では,よく名前が出てくる重要な街ではあります.



さて,何かあっただろうか.カラトラバのシュタデルホーフェン駅,ル・コルビュジエセンター,あるいは2013年に竣工された坂茂の木造ビル‥と,ここまで考えて,思い出したのがこのパビリオンでした.


RC製のシェルで,設計は,かの有名なロベール・マイヤール(Robert Maillart1872-1940)です.マイヤールといえばコンクリートのアーチ橋が有名なので,シェルのイメージを持っている方は少ないのではないでしょうか.このシェルは小規模で少々マニアックではありますが,現存している数少ないマイヤール設計のシェルという意味では貴重なものと言えます.



竣工は1908年.1902年に独立して自身の設計事務所を立ち上げた後の作品です.




パビリオンの足元には小さなプレートがあり,市議会名義で,このパビリオンでは(商業目的などの諸条件を除けば)どんな人間でも自説を述べても良い,と書いてあります.いわゆる,ロンドンのハイド・パークで有名なスピーカーズ・コーナーですね.


マイヤールについては日本語でもすでに多くの文献がありますが,橋梁デザイン的な観点からも無論,最重要人物の一人ですので,今後も機会を見つけて少しずつ取り上げていきたいと思います.
   

     
[基本情報]

完成年:
1908
機能、種類:
パビリオン
設計
Robert Maillart
構造形式
RCシェル
位置:
Bürkliplatz, Zürich, スイス
47° 22' 1.00" N8° 32' 27.00" E
アクセス:
チューリッヒ市内,湖畔のBürkliplatz内にあります.上述のシュタデルホーフェン(Stadelhofen)駅からも歩いて数分の距離です.


[参考文献]
[1]
BürkliplatzについてまとめられたHP
[2]

author visited: 2007-08


2/10/2015

シュトゥットガルトという土地が生んだ新世代の歩道橋



大分時間が開いてしまいましたが,ブログ再開しました!今後は,更新頻度を上げるため,不完全でもまず記事を公開してみようと思います.ネットの特質を活用し,徐々に更新・修正して記事の完成度を高めていく方法を試してみます.そのため記事の内容,表現が変わることが多々あると思うのでご注意下さい.

客観的な情報の正確さには気を使っておりますが,特に学術的な引用で使用する場合は参考元に当ってください.

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シュトゥットガルトにできた新しい歩道橋を見てきました.

近郊列車S-Bahnを跨ぐための歩道橋で,2014年に竣工されました.単径間の鋼製箱桁で,モーメントに従う形でスパン中央で最大となるように断面を取っているという,実に真っ当なエンジニアリング・デザインの橋です.




下から覗くと,断面が橋軸直角方向にも変化していることが分かります.一見複雑な幾何形状に見えますが,断面の高さと幅の比を一定にして,平らな鋼板のみで構成しています.つまり断面は三角形になっていて,下側にフランジとして厚さ50mmの鋼板が組み込まれています.




スパンは28mで,桁高は端部の45cmから支間中央で1.24m.幅員は3.0m.両岸で橋台の高さが異なるので若干の勾配がついています.




この歩道橋の目につくユニークな点は,左右に羽のように広げた防護パネル(独:Berührschutz).通常,付属物として扱われるものですが,ここでは桁と一体化させ,統一性を持ったデザインとなっています.


工場で製作された後,一体化された状態で現場に運ばれ,電車が走っていない夜中のうちに2台のクレーンで架設されました.鋼製箱桁の選定はこの施工条件が主な決め手だったようです.

鮮やかなイエローは,景観の中でアクセントを狙っています.緑に覆われた場所なので,少々奇抜であるとも言えますが,駅や住宅地からも近いため,現地で見てもあまり違和感は感じませんでした.
橋梁端部の横桁

設計者はステファン・エンゲルズマン(Stephan Engelsmann).ヨルク・シュライヒの下でドクターを取得し,ゾーベック事務所で経験を積んだ後に独立した方なので,シュトゥットガルトスクール出身のエンジニアと呼んで差し支えないでしょう.

こういう質の高いエンジニアリング・デザインができるエンジニアが次々と生まれていることに、シュトゥットガルトの伝統の強さを感じます.


(追記 2015-02-15)
下フランジの記述に間違いがあったので,訂正しました.

 
[基本情報]
名称:
Fußgängerbrücke Dürrlewang
完成年:
2014
機能、種類:
自転車歩行者専用橋
設計
ENGELSMANN PETERS GmbH Beratende Ingenieure
発注:
Stadt Stuttgart - Tiefbauamt
構造形式
単径間鋼製箱桁
規模:
橋長28
幅員3.0m
受賞
Ingenieurpreis des Deutschen Stahlbaues 2015 Auszeichnung
位置:
Dürrlewang, Stuttgart,ドイツ
48.713138, 9.110742
アクセス:
S-Bahn Stuttgart-Rohr駅より徒歩5
(シュトゥットガルト空港から街に向かうS-Bahnで下を通ります)


[参考文献]
[1]
Engelsmann, S.:Fuß- und Radwegbrücke Stuttgart-Vaihingen: Ästhetisch, individuell, detailbewußt, 2. Symposium von Geh- und Radwegbrücken, 23.10.2014, München. Tagungsband S. 68-72
[2]
[3]
[4]
Engelsmann, S.; Peters, S.; Spalding, V.; Dengler, Ch.: Neubau Fuß- und Radwegbrücke Hagelsbrunnenweg, Stuttgart, Stahlbau 11/2014

author visited: 2014-12