12/19/2013

バルト海を望む橋

この橋はシュライヒ事務所のマイク・シュライヒ(Mike Schlaich)とアンドレアス・カイル(Andreas Keil)が設計したもので,2010年のドイツの橋梁賞(Deutscher Brückenbaupreis)をもらっています.2010年の10月に、橋梁デザイナーTさんを、翌年6月には橋梁エンジニアKさんをご案内.

ザスニッツがあるリューゲン島はドイツ東北端のにある島で,ドイツ人にとっては最も人気のあるリゾート地のひとつです.ベルリンから電車で4時間ほどかかりますが,時間をかけて行くだけの価値は十分にある橋でした。いやー,よかった.








シュライヒの橋をご存じの方にはお馴染みのリングガーダー(片面吊りの曲線橋)です.しかし勿論,今までのものをそのままコピーしているわけではなく,今回の橋にも工夫した点が見られます.

最も目に付くのは,ハンガーの定着高さを場所ごとに変えている点.なぜか.これは各断面図を見れば明らかなのですが,各ハンガーケーブルの延長線が重心を通るように設計されています.今までのリングガーダーではハンガーケーブルを直接桁に取り付けて,重心回りのモーメントに対しては,橋軸方向の軸力で抵抗させていたわけですが,この橋ではそのモーメントがまず発生しません.(少なくとも死荷重下では.)勿論直接,重心から吊っているわけではないので,カンチレバーとして働くハンガーフレームが余分に必要になるわけですが.

桁から張り出した薄板は,風により励起される振動対策のために取り付けたもの(2014/03 追記)


それにしてもなぜわざわざこんな複雑なことをしたのか.ずっと疑問に思っていたのですが,行ってみてようやく分かりました.この橋とにかくデカイ!幅員は3mと左程大きくはないのですが,スパンが119mと,この種類の橋としては最大規模です.つまり長スパンの大きな荷重に対してはこちらの方が有利という判断だったようです.

ちなみに,桁の両端のケーブル定着部で発生する水平反力の処理の仕方が巧み.片側は直接橋台だから簡単に処理できるとしても,反対の海側は,ランプに接続しているのでここでどうするか.

ここに急いでいる歩行者のために階段を設置し,この階段の傾斜に合わせた鋼管で約1200kNの水平力を地面に伝えています.一見そうと見えないところが上手い!(ちなみにこの橋脚がコンクリート製なのは、定着点でのケーブルの引張力の向きと、桁の向きが正確には重ならないから。つまりモーメントが生じる。)



この橋には,高さの異なる旧市街と港を繋ぐだけではなく,海への展望台,分断されていた東西ドイツの修復,また地域のランドマークなどの役割を果たすことが望まれたとのこと.これだけのものを満たす解決策を見つけ出すのはなかなか難しいと思いますが,非常に上手な解答だと思います.

リングガーダーの技術は,シュライヒ事務所がほぼ独自に発展させてきた言わばトレードマークのようなものですが,それを自己主張のために使うのではなく,必要だから使ったという印象を受けます.リゾート地なので,ゆったりと美しい海を眺めながら,緩やかに坂道を降りていけるというのが本当に素晴らしい.

代替案には展望タワーなどの色々なバリエーションがありました.これって考えて見れば珍しい.大抵は,バリエーションといっても,橋というのは決まっていて,その構造形式がテーマになりますが,構造物の種類をスタディするというのはあまり聞かない.良い「橋」を作りたいのではなく,良い「構造物」を造りたい,というスタンス.


Foto: Wilfried Dechau, Stuttgart (www.dbz.deより)


少し批判をするとすれば,この橋には彫刻的な美しさはあまり感じないところ.構造としては非常に研ぎ澄まされた印象を受けますが,ほぼそれだけで解いている点が,ランドマークとしての弱さに繋がっているかも.

あと,リングガーダーは曲げを軸力に変換させる点にその本質があると個人的には思っているので,大きな曲げをより小さな曲げで解決するという今回のやり方は,果たしてリングガーダーの進化なのかという疑問があります.バリエーションの一つというほうが正しいのかも.

しかし,歩道橋としても,リングガーダーの応用例としても傑作なのは間違いないかと.

ちなみに,この橋の施工過程が一人の写真家によって記録され,写真集として発売されています.この写真家は,写真集Footbridge(マイクシュライヒ,ウルズラバウズ執筆)の写真家でもあります.工事の記録本というよりは芸術作品といったもので,全面モノクロの非常に美しい写真集です.
Wilfried DechauさんのHP> http://www.wilfried-dechau.de/index.php?catid=6


完成年:
2007
機能、種類:
歩道橋
設計:
schlaich, bergermann und partner sbp gmbh
受賞等:
Deutscher Brückenbaupreis 2010
構造形式:
吊橋(リングガーダー)
規模:
全長243m: 吊橋部スパン119m,ランプ部124m
幅員3m,高低差22 m,6,47 %

マスト: 高さ43m,直径1250 mm,重さ50 t)
ハンガー数28,重量(吊橋部)320 t
総工費
ca. 3 Mio. €
位置:
Sassnitz,ドイツ
アクセス:
Sassnitz駅より徒歩5分
Sassnitzはベルリンよりドイツ鉄道の普通列車(RB)で約4時間
(ICEなどの高速鉄道はなし)

参照

Schlaich, M., Keil, A. et al., Balcony to the sea – The curved suspension bridge in Saßnitz, Footbridge 2008, Footbridges for urban renewal, Third International Conference, July 2008, Porto
http://www.sbp.de/de#build/show/1264-Fu%C3%9Fg%C3%A4ngerbr%C3%BCcke_Sassnitz
http://www.brueckenbaupreis.de/html/381.htm
http://structurae.net/structures/data/index.cfm?id=s0038643


シュライヒ親子のツーショット

Foto: Wiebke Loeper, Berlin www.dbz.deより

2010年8月号の建築雑誌Deutsche Bauzeitschrift (DBZ)は橋特集でした.同僚が手伝ったため,一冊おすそ分けがきたのだけど,非常に面白かった.特集の扉ページが上のヨルク・シュライヒ(Jörg Schlaich)とマイク・シュライヒ(Mike Schlaich)のツーショット.(ちなみに背景はシュライヒ設計のベルリン中央駅の鉄道橋.)

ヨルク・シュライヒが教授を退官したのが,2000年.同じ時期に事務所の経営もマイクを含む若きパートナー4人に譲り渡したはず.マイク・シュライヒがベルリン工科大学で教授になったのが2004年.


公式の場で二人だけの写真というのはおそらく初めてで,個人的にはマイク・シュライヒがヨルク・シュライヒと同等のところに立ったという意味で,象徴的な写真のように感じました.事務所経営者や大学教授というポジションの話だけではなく,作品や研究の質といった点で,父親と肩を並べて写真を撮られるだけの存在になったんだなという.

 エンジニアリングの世界でも,フィロソフィーらしきものが受け継がれるというのは非常に興味深い点.師匠から弟子への技術の伝播というのは,どこにでもある話だと思うのですが,特にシュライヒのそれは他人から見ても分かりやすいものなので,これはそのうちまとめたい.

ちなみに,同僚が面倒みた学生のコンペ受賞作品も掲載されました.ドイツには未だに一橋もないエクストラドーズド橋の提案.




写真は全て以下のHPより.
http://www.dbz.de/ausgaben/dbz_2010-08_961530.html


雑誌情報
Deutsche Bauzeitschrift DBZ 08/2010
"Brücken - Ingenieurbaukultur in Deutschland"


12/13/2013

シュライヒ事務所を始めた2人の展覧会

2010年5月7日から7月4日までベルリンにてシュライヒの展覧会が行われました.



展覧会の名前は「High Energy」.アネッテ・ベーグレ他がキュレーターとなり,ブランデンブルク門の脇にある芸術アカデミー(Akademie der Künste)で開催されました. テーマはシュライヒ事務所の創設者であるヨルク・シュライヒ(Jörg Schlaich) とルドルフ・ベルガーマン(Rudolf Bergermann)の二人の業績を取り上げるというもの.