5/21/2014

ポルシェの形をしたパビリオン - 片持ちのシェルに構造的合理性はあるか?




ベルリンから高速列車でおよそ1時間,ヴォルフスブルク (Wolfsburg) は、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの企業城下町です.中央駅から川を隔てたすぐ脇に,工場兼,テーマパークであるアウトシュタット(Autostadt)“自動車の街”があり,今回紹介するのは,この敷地内に2012年に建てられたポルシェ・パビリオン(Porsche Pavilion)です.

意匠がヘン・アーキテクテン(Henn Architekten)で,構造はシュライヒ(schlaich bergermann und partner).私事ですが,ベルリンの大学で論文を執筆している際に,人手が足りないということで,このパビリオンの構造設計に末席で携わりました.なので少々思い入れがある建築です.



パビリオンの内部は,ホールになっていて,楕円曲線を描くランプを降りながら,ポルシェとその歴史を体験できるようになっています.



フォトジェニックで,人目を引く形態のモノコック構造のシェル.名前の通り,ポルシェのデザインをオマージュしたもので,ラグーンの水面上に約25m張り出しています.設計施工全てを約1年で終わらせなくてはならず,随分と慌ただしいプロジェクトでした.

このパビリオンでは,片持ちのシェルという大まかなデザインが決まった段階で,構造エンジニアを選ぶコンペが行われました.なぜわざわざそのような形を取ったのか.それは,これだけの規模の屋根を張り出させるには,エンジニアリングが重要になるからです.

多くのトップエンジニアが参加した中で,アルミニウムとカーボン繊維の複合構造による新しいシェル構造を提案したマイク・シュライヒが選ばれました.シュライヒは,ベルリンのクリスチャンガーデンでアルミ鋳物,大学の研究室でカーボン繊維の吊床版橋を設計・施工した経験があり,提案に十分な説得力を持たせられたようです.



「非常に軽いアルミニウムと高強度のカーボン繊維による超軽量シェル」は聞くだけで非常に魅力的な提案でしたが,このプロジェクトは上述したように設計施工期間が非常に限られていたため,残念ながら実現しませんでした.特に,カーボン繊維の使用の承認を取るのに時間がかかることがネックだったようです.

代わりに提案されたのは,シュライヒが得意としているスチールによるグリッド・シェル.しかし,シェルとして成り立たせるためには,曲率が小さ過ぎました.

さて,どうするか.そこで選ばれたのが,ステンレス鋼によるモノコック構造でした.モノコック(仏語:monocoque)構造とは、「自動車・鉄道車両・ミサイル・一部の航空機などの車体・機体構造の一種で、車体・機体の外板に応力を受け持たせる構造」(Wikipedia“モノコック”より)です.

スケルトン図がArchdailyにありましたので,興味のある方は御覧下さい.>スケルトン図

外板の厚さは基本的には10mmで,片持ちの根元の応力の高いところでは16mmまで増加させています.ステンレスなので高い耐候性を持ち,デザインとしてシェル表面に求められたモノリシックな風合いも,外板を溶接させることにより実現しています.




これだけ大胆に張り出すと,根元に大きな曲げが発生するので,構造的には非常に“効率が悪い“と言えます.しかし,求められたのは,そのような古典的な”構造的合理性”ではなく,”建築的な価値”です.それを考えれば,この片持ちシェルは,意匠と構造が非常に高いレベルで一致した構造,と言えるのではないでしょうか.

このユニークなエンジニアリング的な試みが評価され,このパビリオンは2014年のドイツ鋼構造賞(Preis des Deutschen Stahlbaues)を受賞しています.

ちなみに,同じ敷地内に,これもシュライヒが設計したケーブルネットの屋根(後日紹介予定)があるので,構造ファンはそちらにも足を運ぶことをお勧めします.(駅前にはザハ・ハディドの設計したPhaeno Science Centerも!)



(追記2015-02)
ご指摘を大分前に受けていながら,そのままにしてしまっていましたが,ステンレスと書くべきところをアルミと書いてしまっておりましたので,修正しました.




[基本情報]
完成年:
2012
機能、種類:
パビリオン
設計:
アーキテクト:Henn Architekten, Berlin
構造エンジニア:schlaich bergermann und partner
鋼構造物製作:Centraalstaal International
発注:
Dr. Ing. h.c. F. Porsche AG / Autostadt GmbH
受賞等:
Ingenieurpreis des Deutschen Stahlbaues 2013 (honorary mention)
Preis des Deutschen Stahlbaues 2014 (honorary mention)
構造形式:
モノコック構造
規模:
高さ:約10メートル
モノコック構造・面積: 2,550
モノコック構造・重量: 425トン
モノコック構造・材料:ステンレス鋼板10-30mm
延べ床面積:1,400
展示エリア:400
位置:
ヴォルフスブルク(Wolfsburg),ドイツ
フォルクスワーゲンのテーマパーク「Autostadt」内
アクセス:
ヴォルフスブルク中央駅より徒歩10
Autostadtに入るのに入場料が必要

[参考文献]
[1]
[2]
[3]

author visited: 2014-05

4/25/2014

ハイテックでエコなのに“クールな”住宅




先日,ヴェルナー・ゾーベック(Werner Sobek)率いる,シュトゥットガルト大学の軽量構造デザイン研究室(ILEK)が設計した実験住宅,Energy Effizient Haus plus(Efficiency House Plus with Electromobility)を見学してきました.

2010年に(日本の国交省あるいは環境省などにあたる)ドイツ連邦のBMVI(Bundesministerium für Verkehr und digitale Infrastruktur)によって行われたコンペで選ばれ,2011年にベルリンに建設されました.環境に配慮したいわゆるエコ建築で,これからの新しい住環境の提案といった未来志向の住宅です.

竣工後約一年間,実際に一家族が住んで,エネルギーの収支などをモニタリングしていました.夫婦に子供二人の4人家族で,「典型的なドイツの一家族」として,希望者の中から抽選で選ばれたそうです.実験の性質上,実際の住居状況に近くなくてはいけないため,通勤・通学の距離や車や自転車を使う頻度なども考慮されたとのこと.2014年夏より,二組目の家族の入居が始まります.現在はその間の期間で,一般に公開されています.

一階リビングルーム 左に見えるのがキッチン

環境先進国として知られるドイツですが,建築の分野においても例外ではありません.例えば日本でも展開されている「パッシブハウス」という省エネルギー住宅のコンセプトはドイツ生まれです.

ゾーベックは,シュトゥットガルト大学でフライ・オットーとヨルク・シュライヒの2つの研究室を継いだ構造エンジニア兼建築家です.環境性能の高いハイテックなガラスファザードや自邸「R 128」の設計したり,「持続可能な建築のためのドイツ協会(DGNB) 」の初代会長を努めたりするなど,環境建築の分野でドイツをリードしている存在です.

ちなみに,上述のゾーベックの自邸「R 128」は全面ガラス張りのまるでショーケースのような建築です.詳しい日本語の記述がゲーテ・インスティトゥートのHPにありましたので,ご興味のある方はぜひ.このような,ガラス張りで外から見られ放題の家になど住みたくない,と思う人は多いでしょうが,実はこの家は高台に建てられていて,外から家の中を除くことは全くできません.以前,仕事帰りに門前を通ったことがあるのですが,家の中どころか,建物自体がほとんど見えなくて驚きました.

家の裏側
閑話休題.ゾーベックの建築は自ら開発した「トリプル・ゼロ」の原則に従って設計されています.「トリプル・ゼロ」とは、建物が持続可能であるために実現しなければならない「3つのゼロ」を意味しています.

  • 1番目のゼロは「エネルギーをまったく必要としないこと」
  • 2番目のゼロは「二酸化炭素の排出がゼロであること」
  • 3番目のゼロは「解体する時、素材別にリサイクルでき、廃棄物を出さないこと」(http://young-germany.jp/www.uni-muenster.de/article_239 より)

この実験住宅も,この原則に従って設計されています.そしてこれに加えて,太陽発電によって,日常で使用する自動車と電気自転車のエネルギーを作り出します.これが住宅の名前に「プラス」と付いている理由.

生活で必要なエネルギーは,屋根と側面に取り付けられたソーラーパネルで作られます.使用されない分は,家の外にあるバッテリーに蓄積.このエネルギー収支については,ネットで全て公開されています.ちなみに,以前住んでいた家族の消費エネルギーは大分大きかったようで,想定の2倍もの量が使われてたそうです.

このタッチパネルで家全ての電気機器類や室内環境をコントロール

全ての電気機器類は自動化されています.例えば照明は人がいるところにだけつくようになっていて,家の中には一切のスイッチがありません.ちなみに,前住んでいた家族は猫を一匹飼っていて,当初センサーが猫にも反応してしまい,家中の電気を付けてまわってしまっていたそうです.

室温も全て管理されています.温水による床暖房.ちなみに,この家には仕切りがなく,冬の寒い日には,一階のリビングルームの温めた空気が2階に逃げてしまっていたそうで,次の家族が入る前に,仕切りのドアをつけるとのこと.

壁の断熱材としては,リサイクルが難しいスタイロフォームではなく,新聞紙を再利用したものが使われています.

床(下)と壁(左上)とガラス(右)のモデル

ガラスは3重で,間にガスを充填しています.日射角度で性能が変わり,夏の日差しは反射,冬の日差しは透過させるようになっているそうです.

上述したように,家の構造は完全にリサイクル可能になっていて,次の家族が住み終わったらどこかに移設するそうです.構造は,階段部分だけが鋼構造になっていて,このコアで2階分の荷重を支えています.

十字型の柱

ちなみに外周に4本柱が立っていますが,この断面が十字型.なんとなくドイツ生まれのモダニズム建築の巨匠ミース・ファン・デル・ローエ(Mies van der Rohe)を思い起こさせました.ちなみに,現在ゾーベックは,そのミースの教えていたシカゴのイリノイ工科大学(IIT)で,"Mies van der Rohe Professor"も務めています.

家前のカーポート.ケーブルで充電中.この車の隣が非接触型の充電式カーポートでここに車を停めておくだけで充電できる
家の前のカーポートは2台分.一つは直接ケーブルで,もう一つは非接触型.隣では電気自転車も充電できます.ちなみに電気自転車は,“バイク”にならないように25km/hを越さないようにプログラミングされているそうです.

電気自転車.これも接触なしで充電
ゾーベックの建築を語る上において重要なのは,構工法や環境負荷など技術的な要件に焦点を当てつつも,快適性や意匠性をトレードオフにはしない点.

例えば,この住宅でも,側面以外のファザードは全てガラスです.断熱性能などを考えれば窓ガラスはできるだけ小さくするべきですが,あくまで建築としてのトータルの質を考えて最適解を目指す姿勢が読み取れます.ゾーベックはよく講演で,窓がほとんどなく,気密性の高いパッシブハウスのデザインを文字通り“息苦しい”と批判しています.

ソーラーパネルと一体化したファザード
側面と天井のソーラーパネルも一体化されていて,デザインとして破綻していないように感じます.

ちなみに,前回のエントリで,ヨルク・シュライヒのエンジニアリング・デザインについて,少しだけ駄文を書きましたが,この住宅には,ゾーベックのエンジニアリング・デザインへの姿勢がよく現れているように思います.

フリッツ・レオンハルトから脈々と続く,シュトゥットガルト・スクールのエンジニアの面白いところは,デザインといっても,あくまで技術ベースであるという点.デザインもできるエンジニア,あるいはアーキテクトとのボーダーに立つエンジニアというと,例えばセシル・バルモンドやマルク・ミムラムなど,最近では数多く挙げられますが,その中でも,あくまで技術からは離れないという点で,シュトゥットガルトのエンジニアは特異な存在ではないかと思います.ゾーベックは環境技術という観点から,建築の設計に挑んでいるところがユニーク.

住宅の簡単な紹介と,メルケルも来たオープニングセレモニーの動画↓



この住宅については,詳細な情報は全てHP(参考文献)にありますので,興味のある方はそちらを御覧下さい.

(追記)
一般公開が行われていたのは2014年01-04月までで,すでに終了しています.2014年夏より,二組目の家族が入居してモニタリング中です.

[基本情報]

完成年:
2011
位置:
Fasanenstrase 87a, 10623 Berlin-Charlottenburg
アクセス:
ベルリンZoo駅より徒歩5

[参考文献]

[1]
[2]
パンフレットPDF(英語版)
[3]

author visited: 2014-04