カーボンは建築に革命をもたらすか?(1/2)



2014年2月26日,ベルリン工科大学で“カーボン構造-未来へのビジョン(Bauen mit Carbon- Visionen für die Zukunft)”と題された,非常に興味深いシンポジウムが行われました.なので,前々回から続くシンポジウムの話を一端はお休みして,ご報告.以下は,パンフレットからの適当な抄訳.

“カーボン繊維は,その軽さや,高い強度,耐食性から,今では,航空・宇宙工学分野では必須のハイテク素材になっています.最近では,自動車分野でモデルの量産が始められたり,高性能なスポーツ用品に使用されたりしています.これとは対照的に、建設業界ではカーボン繊維の使用はまだ始まったばかりです.とはいえ,ここ20年以上に渡る研究や,実践的な経験の積み重ねにより,コンクリート部材の補強や,膜やケーブルの高強度化への応用など,カーボン繊維の建築構造物への応用方法は広がりを見せています.このビジョンフォーラムの講演者は、皆,このような実践的な取り組みをずっと重ねてきた技術者で,今後数十年の技術革新で、カーボン繊維のポテンシャルを100%引き出した軽量構造物の実現が可能であると確信しています.彼らの持つ前向きなビジョンがそれを可能にすることでしょう.”

といった感じの趣旨のもと,ドイツ語圏から8人の講演者が招かれました.少々ミーハーな話になりますが,この8人の中に,現在のドイツのエンジニアリング・デザインを牽引しているマイク・シュライヒ,クニッパーズ,ゾーベックの3人がおりまして,私の知る限りでは,この3人が一堂に会するというのは,おそらく今回が初めてであったと思います.そんなことも話題で,当日はだいぶ盛況で,この日のためだけに,わざわざ南ドイツやスイス,果ては中国から駆け付けた方もいたようです.

未来へのビジョンと言っても講演者の誰一人として,単なる夢物語は語らない,地に足の着いた内容.であるにも関わらず,すごく夢のあるワクワクする話ばかりで,実務者でありながら大学で教鞭を取る,いわゆるプロフェッサー・エンジニアが許されているドイツ語圏のアドバンテージを実感しました.

非常に濃い内容のシンポジウムだったので2回に分けて書きます.今回は,上述の3名を除いた他の方のプレゼンの紹介.

*


ウルス・マイアー(Urs Meier) 氏のプレゼンは,スイス連邦材料試験研究所(EMPA)が長年取り組んできた炭素繊維強化プラスチック(CFRP)をテンション材として利用するため研究や実施例の紹介.

イントロダクションは,80年代から構想されていたジブラルタル海峡を跨ぐ,大スパン(最大スパン3000m超)の橋梁計画の紹介.積載荷重に対する自重の割合で考えると,限界スパンはスチール吊材の7.7kmに対して,CFRPでは理論上37.5kmまで可能.ただし,CFRPでは,かの有名なタコマナローズ橋のような風に対する振動の問題が発生するので,アダプティブな制振制御装置が必要になるだろうというお話.

CFRPテンション材は,スチールの場合に比べて,耐食性が高く,疲労にも強い.しかし価格はまだ高い.一方,コンクリートの補強材として使われるCFRPシートの研究開発はすでにもう高い水準に達していると指摘.

カーボンがもたらす建設材料としての革命とは何か?マイアー氏は,カーボンは,特殊な用途に適しており、今まで使われている建設材料の代替品としての革新性はない.建築材料の範囲が拡大されることが革新的である,と強調していました.

EMPAは協働で,1996年にスイスのWinterthurに世界初のカーボンファイバー製のケーブルを使用した斜張橋を設計しています.

>ストーク:ブリッジ(Storchenbrücke)
http://structurae.de/structures/data/index.cfm?id=s0006274

*


SGLカーボンは、ドイツに本社を置く炭素製品の世界最大規模メーカーで,クラウス・ドレクスレル(Klaus Drechsler)氏は,ミュンヘン工科大にSGLの寄附講座を持ち,カーボン複合材料の研究をされています.まず初めに,カーボン材料のアプリケーションについて,各分野で要求項目の重要性のヒエラルキーが異なる,という話をされました.例えば,航空機においては,軽さ>スケール>耐久性>認可となるのに対し,建築では,スケール>耐久性>認可>意匠の順になるとのことです.

氏の主な研究テーマは,航空機の壁材となるサンドウィッチ構造の開発ですが,建設分野への応用にも取り組んでいて,現在はゾーベックとも協働しながら,マルチ機能を持ったシェルエレメントなどを開発中です.サンドウィッチ構造は,板材を二枚の平面板の間に鉛直に配置し,板の面に加わる曲げを板材の軸力に変えて変形を小さくする軽量構造です.もちろん,こういう構造自体は新しいものではないですが,3次元の成形が可能なカーボンの特性と組み合わせることで,また新しい未来が創られる予感がします.

>マルチ機能を持ったサンドウィッチ構造
http://www.ifb.uni-stuttgart.de/fertigungstechnologie/sandwichstrukturen.html

*


ドレスデン工科大学のマンフレッド・クルバッハ(Manfred Curbach)氏は,1990年代半ばより研究開発に取り組んでいる,鉄筋の代わりに膜材で補強するコンクリート(独:Textilbeton,英:Textile-reinforced concrete)の紹介.研究開発はかなりの成功を収めており,2006年にはこの材料を使った世界で最初の歩道橋が完成しています.

> Fußgängerbrücke in Oschatz
Textilbeton-Brücke Oschatz
Wikipedia Commons "Textilbeton-Brücke Oschatz" より

上述の「カーボンは,今まで使われている建設材料の代替品としての革新性はない」というマイアー氏の意見に,クルバッハ氏は異議を唱え「すでに革命は起こっていて,50年後には,この膜材で補強するコンクリートが,完全に従来の鉄筋コンクリートに取って代わる」と主張していました.なかなか強気ですね.

*


グラーツ工科大のNguyen Viet Tue氏は,鋼繊維の代わりに炭素繊維を使用した超高性能コンクリート(Ultra High Performance Concrete (UHPC))の研究開発の紹介.

*


レオンハルト・アンドレ&パートナー事務所(Leonhardt, Andrä und Partner)の元社長のHans-Peter Andrä氏は,実務としてこの数十年どのようにカーボンを利用してきたか(主にCFRPシートによる橋梁の補強)というお話をされました.

(つづく)

author