スパン35メートルからのデザイン・ブログ

軽量・構造・デザイン

引き続き,スペインの鉄道橋.唐突ですが,私はとにかく,スペインの橋梁デザインが大好きなんです.世界で最も美しい橋を創るのはスペイン人であると,思っています.と言うと,大抵の人には,あぁ,カラトラバね,と言われるんですが,カラトラバは“one of them“に過ぎません.

と,少々脱線しましたが,今回取り上げたいのは別の“one of them“,Petelta事務所のソブリーノ(Juan A. Sobrino)氏が設計した鉄道橋です.1994年の創設以来,Petelta事務所は非常に面白いデザインの橋梁をたくさん設計しています.2006年に,当時所属していた研究室でスペインの視察旅行をしたのですが,その時にソブリーノ氏には随分とお世話になり,それ以来,個人的にも親しくさせて頂いています.氏の紹介はまた追々.

ご紹介したいのは,Llinars BridgeとSant Boi Bridgeの2橋.前回のエブロ川鉄道橋と同様に,スペインに建設中の高速列車鉄道ネットワークの一部で,マドリッド~バルセロナ~フランスの路線の一部です.両橋ともバルセロナ近郊に架かっていて竣工はともに,2007年.見た目も非常に似た,まるで双子のような鉄道橋.大きな違いは,カラーリング.一つ目のLlinars Bridgeが青くて,2つ目のSant Boi Bridgeが緑となっています.

今回は青のLlinars Bridge.


写真で見て分かる通り,とても人目を引くデザインの鉄道橋です.高速道路をスキューしてまたぐこの鉄道橋の主な設計条件は以下のようなものでした.

  • 建築限界(高速道路表面よりH=5.5m)の確保
  • 施工中でも,高速道路の交通を邪魔しない
  • 人目につく場所なので,意匠にも注意を払う

すでに,レールの高さ位置が決められていたので,桁より下に構造部材を配置することは不可能.そして高速道路の通行止めを避けるためには,足場を組むことは許されない.つまり,押出し工法などで施工できる構造システムに限定される. 9つの設計案が比較検討され,最終的に写真のように,鋼コンクリート合成床版を用いた,スチールで補剛された下路式の案が選ばれました.

施工における制限が,全体のデザインに影響を及ぼすというのは,橋梁デザインならではですね.


案の決定には,もう一つ重要なファクターがありました.それはスチールという材料.エブロ川鉄道橋の記事でも書きましたが,2003年までスペインではスチール,そしてスチール+コンクリートのコンポジット構造は,高速鉄道橋には認められていませんでした.

フランスのTGVの高速鉄道橋でコンポジット構造が採用され,経済的にもコンペティティブであることが実証された上で,ようやくスペインでも認められました.

この橋は,その過渡期に設計されたもので,この路線では初めてのコンポジット構造となりました.このあたりに,ソブリーノ氏のエンジニアとしてのチャレンジ精神が見て取れます.いくらお隣の国フランスで実証されたとしても,施工技術のレベルは違いますし,設計条件の厳しい鉄道橋で新しいことに挑戦するのは勇気がいることです.

設計基準がまだなかったので,従来の鉄道橋の基準と,コンポジット構造の道路橋の基準,荷重の設定などはユーロコードを参照したそうです.

デッキ部.見に行った時はまだ竣工前でレールは敷かれていませんでした.

さて,この橋を印象づけている,スチールの補剛材の造形ですが,曲率をつけたのは意匠的な理由とのことです.構造的には,主塔のてっぺんから,デッキのスパン中央をスチール材で吊っている形になるわけです.曲線なので一見吊り橋のようにも見えるけど,構造システムとしては斜張橋に近いということですね.

つまり,構造的には直線でいいのに,意匠的な理由でわざわざ曲線にしたということになります.

とはいえ,美観も重要視された中で,この程度の“経済的な合理性からの偏心”は,全く問題無いと思います.直線だけで構成された無味乾燥なデザインよりは,曲線をつけた方が,より優雅で,より親しみ易いデザインになったような気がします.

Sobrino J. Two steel bridges for the high speed railway line in Spain. Stahlbau. 2010;79(3) より

ただ,私自身は,この橋を見ても,そこに”普遍的な美”といったようなものは見つけられませんでした.理由は3つ.

1つ目は,桁下空間の狭さ.桁のレベルから,下(高速道路まで)が約5mなのに対して,上(主塔のてっぺんまで)は14m.大分,頭でっかちのプロポーションと言えます.

2つ目は,スチールの補剛材のデザイン手法.吊部分には主に引張力,主塔には圧縮力が作用します.しかし,この橋では,全く構造的な機能が違うこの2つの部材を連続的に,一体化して表現しています.これは例えばプロダクトデザインなどでよく見かける手法ですが,このスケールでは整合性に問題が出てきてしまっているのではないか.

そう感じてしまう原因は,単純に,吊部分の断面が1.7x1.6mと随分マッシブだから,かも知れません.ただ,橋のスパンが最大で75m(幅17.2m)ということを考えると,この断面の大きさは,構造的に特に違和感を感じるようなものではない.

と考えると,この造形を批判するのであれば,構造システムの選び方に遡って考えないといけないのかも知れません.

最後の3つ目はカラーリング.メインはライトブルー,そして下部の箱形断面梁の下半分はグレーで塗装されています.この二色の境界線が,構造的な不連続面と一致していない点に少々違和感を感じます.

と,少々辛口になりましたが,技術的には,その革新性も含めて素晴らしい鉄道橋だと思います.続いて双子のもう一人,緑の橋を見てみましょう.

(つづく)

高速道路上に橋脚が建てられないので4mほど外に張り出している.このスケールでは技術的な要件と意匠的な要件をすり合わせるのが難しい.



[基本情報]


完成年:
2007
機能、種類:
鉄道橋(高速鉄道)
設計:
PEDELTA (Juan A. Sobrino, Javier Jordan, Juan V. Tirado, Ricardo Ferraz)
施工:
Constructora Hispanica
発注:
ADIF
構造形式:
A composite steel-concrete deck suspended on steel tied curved members
規模:
橋長 574 m (コンポジット構造部307m+PC桁部267m)
コンポジット構造部の支間割 45 m – 71 m – 75 m – 71 m – 45 m
幅 17m (軌道部14m)
位置:
Located in the town of Llinars del Vallés, about 45 km north of Barcelona, the first bridge spans the AP-7 highway at a skewed angle.
アクセス:
電車と徒歩で行けます(詳細は後日)

author visited: 2007-09
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大した追加情報でもないですが,前ポストのエブロ川鉄道橋の内観が映っているビデオがあったのでご紹介.

運転席から撮った動画ですかね.0:50~一瞬ですが(笑),エブロ川鉄道橋を渡っています.
 
Tren Ave - Fuentes de Ebro - Spanish High Speed - 2010


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"インフラストラクチャーは、文化の中で位置づけられることにより、はじめて技術的にも機能的にも完全なものとなる。(..) 橋梁は文化の一部である。つまり、その機能やコストと同程度に、デザインの質が求められるのである。建築・土木構造物は、デザインだけを切り離して考えることはできないのである!“

(”鉄道橋のデザインガイド: ドイツ鉄道の美の設計哲学 ”より)



鉄道橋ネタが続いたので,実際に建てられた“文化的に優れたデザイン”の鉄道橋を紹介して行きたいと思います.

拙訳のあとがきにも書きましたが,鉄道橋は荷重などの設計条件が厳しいので,造形としての設計の自由度はかなり小さい.つまり,言ってしまえば単に造形力があるだけでは,なかなか優れたデザインの鉄道橋は設計出来ません.別の見方をすれば,だからこそ造形力や技術力を含めたエンジニアの総合的な技量が試されるわけです.

ドイツのネタが続いたので,今回はスペインを.僕が最も好きで,尊敬している橋梁エンジニアの一人である,カルロス・フェルナンデス・カサード事務所(Carlos Fernández Casado S.L.)のハビエル・マンテローラ(Javier Manterola)氏の設計したエブロ川鉄道橋(Osera de Ebro Bridge)です.

背景

ご存知のとおり,世界金融危機の影響からスペインの経済状況は非常に悪いですが,この危機の前はEUからの補助金も有り,スペインの建設産業は非常に元気でした.高速列車鉄道ネットワークを全国に整備するというプロジェクトには2000年から2007年までの間だけで410億ユーロもの公的資金が投入されていました.本橋梁はこのプロジェクトの一部で,サラゴサとバルセロナを結ぶ路線の一部です.

ちなみにこの橋はコンクリート製ですが,2003年にフランスで複合構造の高速鉄道橋が実現されるまでは耐久性や実用性,メンテナンスの実証がなかったために,鋼橋や複合構造橋の設計は認められていなかったそうです.



設計に求められた条件

設計条件として,主に
  • エブロ川は流量も多く氾濫すればかなりの勢いの水流になるので,橋脚を河川内に建てることは避けること
  • 騒音規制があるために対策すること
  • 縦断線形は設計前にすでに決められており,桁下から洪水位までの間に空間的な余裕がない.よって上路形式の橋梁は選定の対象外とすること
などが求められました.

これに対して,マンテローラ氏らはコンクリートを主構造材料とした3つの構造形式案を比較検討しています.
  1. PC桁橋
  2. PCフィーレンデール橋(採用案)
  3. 中央3径間を斜張橋とするPC桁橋
単純に考えれば,桁橋案が最も経済的ですが,フィーレンデール橋のコンクリート壁面がそのまま防音壁になるのに対し,他案では防音壁が必要になるため,トータルコストで考えると,フィーレンデール橋案が最も経済的でした.

防音対策としても,フィーレンデール橋のコンクリート壁面が最も効果が高かった.当初の予定では,開口部を何らかの部材で閉じるつもりでしたが,何もなくても十分効果があることが実証されたので開いたままになりました.

また,コンクリートによるフィーレンデール橋というは,景観面あるいは技術面から見て最も革新性があると判断したようです.

構造

つまり,従来鉄道橋でよく用いられてきた鋼トラス橋の構造システムをコンクリート橋に応用しようという発想です.これは前述したように,当時コンクリート以外は高速列車の鉄道橋の材料として認められていなかったためですが,結果的にはこの条件によって他に類を見ない独創的な鉄道橋が生まれることになりました.



プレストレスを巧みに使うことによってコンクリートによるフィーレンデール橋を実現しています.具体的には,コンクリート壁面に斜め方向にプレストレスを導入することによって直角・水平,両方向のせん断変形に抵抗させています.

ちなみに,ウェブは6m毎に上端をリブで繋いだボックス型です.両岸でウェブを製作し,押出し工法を用いて,スパン中央で接合しました.


デザイン

実際に見た印象ですが,圧巻の一言でした.想像以上のスケール感でしたが,最大で120 mのスパンを飛ばしていることを考えれば納得できます.


橋脚は曲線を用いた,スペイン人特有の有機的で非常に美しい造形.側面の丸い開口部はインパクトがあります.白一色の塗装はスペインの濃い青空に良く映え,ウェブ側面の青色のラインは全体を引き締めています.ディティールに至るまで非常に良くデザインされた橋だと思いました.

鉄道橋としては傑作と言って良いでしょう.私の中では,現代的なものとしては,世界で最も美しい鉄道橋です.


 [基本情報]

完成年:
2002
機能,種類:
鉄道橋(高速鉄道)
設計:
Carlos Fernández Casado S.L. (J. Manterola Armisen)
施工:
Vías y Construcciones S.A.
発注:
Gestor de Infraestructuras Ferroviarias
構造形式:
連続フィーレンデール橋
構造使用材料:
プレストレスコンクリート・鉄筋コンクリート
規模:
橋長546 m
支間割42 m+ 60 m + 120 m + 2×60 m + 42 m
幅員16.56 m
位置:
スペイン,Zaragoza (サラゴサ),Osera de Ebro
緯度 41°31'00"N /経度 0°34'30"W
アクセス:
付近に公共交通機関はないので車で行くのがオススメ.サラゴサ市内よりA-36号線N-232号線を南東(バルセロナ方面)に向かって約40キロ.


[参考文献]

[1]
López Ruiz, J. L. Construction of the bridge over the Ebro River. IABSE Symposium “Structures for High-Speed Railway Transportation”, Antwerp, Belgium, 2003.
[2]
Manterola Armisén, J.; Astiz Suárez, M. A. and Gil Ginés, M.A. Bridge over the Ebro river. Revista de Obras Públicas, 3386: 171-179. 1999. In Spanish.
[3]
Manterola Armisén, J.; Astiz Suárez, M. A. and Martínez Cutillas A. Hig Speed Railways Bridges. Revista de Obras Públicas, 3386: 43-77. 1999. In Spanish.
[4]
Manterola Armisén, J. Philosophy and structural tecnique. Revista de Obras Públicas, 3388: 172-175. 1999. In Spanish.
[5]
Manterola Armisén, J. The Ebro river bridge, a new concrete bridge for railways. IABSE Symposium “Structures for High-Speed Railway Transportation”, Antwerp, Belgium, 2003.
[6]
Manterola Armisén, J. High-Speed railway bridge over the Ebro River, Spain. Structural Engineering International 13(3). 2003.
[7]
Manterola Armisén, J. Railway bridges. Different types proposals. Revista de Obras Públicas, 3445: 19-27. 2004. In Spanish.
[8]
Spanish group of the IABSE  (Pulido, M.D. and Sobrino J.A. Ed.). Railways bridges. Design, construction and maintenance. Madrid, Spain. 2002. In spanish.
[9]
Structurae website


author visited: 2006-09


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Unstruttal Bridge, Germany

 しつこいですが,もう少し鉄道橋のデザインガイド.大変有難いことに,色々な反応を頂けたので,忘備録も兼ねて,少しだけご紹介.

まず一つ目.橋梁と基礎 2013年7月号で,編集委員の野澤氏より書評を頂きました.

「最近のドイツの鉄道橋は景観を考慮していると一般的に言われていたが,今回ドイツ在住の増渕 基氏により「鉄道橋のデザインガイド」が訳されて出版された.

(..)前半は鉄道橋の設計とデザインの原則に関して,概念から環境との調和,ライフサイクルコストへの配慮,様々な案の比較とその評価方法などが写真やスケッチとともに説明されている.制約条件を克服するために設計とともに技術開発された鋳鋼製格点やインテグラル橋,スライド式軌道スラブの記述は経緯とともに今後の課題を含めた主張も多い.後半は平坦な場所での高架橋,河川橋,架道橋などケース別に提案例がタイプごとに解説されている.中にはスレンダーな橋脚・柱とスラブや基礎との接合部のディテールまで示されている.

 (..)ドイツ鉄道が編纂したデザインガイドであるものの,ドイツ以外の地域でも,鉄道橋以外の橋梁をはじめとする構造物でもその設計の思想や手法は大いにヒントとなる.多くの橋梁技術者に読んでいただきたい.」




ブログでは,hachimさんより,心温まる感想を頂きました.

「構造デザイン本としては、久しぶりにワクワクドキドキと興奮しながら読み進めてしまうものだった。僕もまだまだ若いんだなって勘違いしてしまうくらい。それこそ、フリッツ・レオンハルトの『ブリュッケン』以来の興奮だと思う。ドイツ橋梁エンジニアリングの思想がはっきりと表明されたことへの清々しさが感じられる。」

何かからはみ出した、もうひとつの風景 ドボク的備忘録 - 鉄道橋の教科書


また,僕も毎回楽しく拝読している磯部さんのブログでも,出版のプロならではのご感想を頂きました.

「日本の新しい橋や架け替えの橋も、本書の提案例のように、「なぜその形になったのか」をもっともっと告知した方がいい。ダムのように、聴いてる人がいようがいまいが関係なく、公言し続ければいい。

(..)書籍としては高額だが、橋好きも道路ファンも鉄道ファンも土木構造物好きも、メインカルチャーとして真正面から「橋とは?」を問いかけてくる本書はぜひ「買って」読むといいと思う。読み終えると、「ただ、好き」という感覚的なところから一歩踏み出しているはずだ。」


轍のあった道 - 『鉄道橋のデザインガイド ドイツ鉄道の美の設計哲学』(ドイツ鉄道編/ヨルク・シュライヒ他著/増渕基訳)



以下、直接頂いた,あるいはネットで拝見した感想の一部から抜粋.ご迷惑をおかけするといけないのでお名前は伏せます.大分時間経ってしまっていますが,皆様ありがとうございました!

“ガイドラインというより、設計思想を伝えるデザインノートですね。辛口批評を遠慮会釈なく書いているし、これが3500円で入手できるのですから、多くの人に薦めたいと思います。”

“日本のリニア新幹線でもぜひ参考にしていただきたいですね。”

“デザインコンセプトおよびディティールが非常に明快に説明されており、一般の土木技術者にとっても、大変参考になると思います。“

“まず、本の美しさにうっとりする。写真はすべてモノクロ。たった3枚の扉のページとところどころの見出し文字に赤。 この装丁デザインにまず、学ぶこと大なり。”

“すでに多くの方が指摘されていますが、橋梁設計に関わる書籍としてブリュッケン以降を担うもの、というのは私も感じました。 過去から現在(当時)を眺め、その状況を読み解いたのが前者であるとすれば、現状から志向される未来を示唆するのが本書であると。”


翻訳出版はFootbridgeに続き,二度目でしたが,非常に根気のいる作業ですね.自分としては,自分のエンジニアとしての未熟さも含めて,不満足な点は山のようにあるのですが,とにかく出版できてよかった.どこかで見切りをつけないと,終わらない作業なので.鹿島出版会の川嶋さんのお力がなければ絶対出版まではたどり着けませんでした.

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前エントリーの通り,鉄道橋のデザインガイドの日本語訳を出版したのは昨年なんですが,せっかくなので本の紹介も少々.以下は訳者あとがきからの抜粋です.


「本書は、日本のJRにあたるドイツ鉄道(DB)のグループ会社が2008年に出版した“Leitfaden Gestalten von Eisenbahnbrücken” の全訳である。発行者の「DB Netze(DBネッツェ社)」は、鉄道インフラの設計や管理などを専門とする。つまり、ドイツにおける鉄道橋デザインの公式ガイドラインといえよう。

 この本を手に取っていただいた日本の読者、特にエンジニアの方は、「地震国では参考にならない」とまず思われたかもしれない。確かに、地震のないドイツと日本ではまったく事情が異なる。鋼製橋脚を例にとっても、ドイツではコンクリートを詰めるなどして驚くほどスレンダーに実現できる。東京駅の中央線高架の一部で鋼製橋脚が用いられているが、日本では例外といえるほど希な実作である。したがって本書を安易な設計のコピーのための仕様書と考えると、さほど魅力を感じていただけないだろう。

 しかし、建築のデザインや設計思想の話をするときに、地震国であるか否かを気にする人がいるだろうか? 本書から学ぶべきは、技術やアイデアそのものというよりも、その背後にあるドイツのエンジニアたちの設計哲学なのである。それは、フリッツ・レオンハルトやヨルク・シュライヒといった橋梁設計の巨匠によって蓄積されてきたのである。

 日本の橋梁設計・施工技術が、世界トップレベルにあることに疑いを持つ人は少ないであろう。それにもかかわらず、技術と同程度に、実作で世界の賞賛と尊敬を集めているかと問えば、長大橋や一部の例外を除くと、答えは限りなく否に近いのかもしれない。

 構造とデザインが分けて考えられないことは、本書で述べられているとおりである。例えば「景観検討」は、余分に加えられた設計業務の一つではない。橋梁設計において、エンジニアが内在的に持つべき検討項目の一つである。我々にいまだ欠けているのは、よい橋とは何か、そしてそれをどのようにして形にするのかという、エンジニアとしての強度を持った設計哲学ではないだろうか。

 鉄道橋は、鉄道施設特有の制約条件や設計条件ゆえに、造形としての設計の自由度は、歩道橋などに比べれば随分と小さい。そのため、日本語の「デザイン」が喚起するイメージと鉄道橋とを結びつけて考えることは一見難しいように思える。しかし、エンジニアとしてのデザインとは、技術そのもの、そして技術開発であり、美観的な要素はそこに内在されるのである。この本が扱っているのは、そうした「エンジニアとしてのデザイン」である。コピーのためのネタではなく、地震のある国で、我々にしかできない橋をデザインするための気構えやヒントを、本書の中で見つけていただければ幸いである。」


また,執筆者の一人であるヨルク・シュライヒ氏より日本語版に寄せて,コメントも頂きました.

「鉄道橋は大規模で、寿命も長い。それゆえ、インフラストラクチャーの大切な要素であり、文化の一端を担っているのである。建設の芸術とは、切り離せるものではなく、形態と構造システムは一体であることで、はじめて意味を成す。形態に一致した構造と経済性の両立は、機能とデザインの調和に匹敵するテーゼである。このデザインのガイドラインが日本のエンジニア諸兄への刺激となり、高い技術革新の可能性を秘めた美しい橋梁の誕生に寄与することを願ってやまない。

ヨルク・シュライヒ」

 実は出版前,時間がない中でコメントを急遽頼むことになったのですが,問い合わせてみたら,氏はスイスの山奥で休暇中・・.もう駄目かとほぼ諦めていたのですが,仲介者の方の大活躍もあって,なんと半日後にコメントが届きました.良い思い出です.


参考)
鉄道橋のデザインガイド: ドイツ鉄道の美の設計哲学 ドイツ鉄道 (編),ヨルク・シュライヒ ほか(著) ,増渕 基 (訳)


原書PDFの公開先について  (2017年4月追記) 

「訳者あとがき」で示した,原著PDFのリンクが切れてしまっている,とのお知らせを頂きました.ドイツ鉄道の専門委員会の委員の一人であった,シュテフェン・マルクス教授(Prof. Steffen Marx)の設計事務所のHPにて,まだPDFが公開されているようなので,ご興味のある方は以下のリンクよりDLして下さい.
http://www.marxkrontal.com/tl_files/pdf/LeitfadenGestaltenvonEisenbahnbruecken.pdf
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ベルリンのドイツ鉄道ProjektBau社(DB ProjektBau GmbH)に表敬訪問してきました.特に公式にどこかに発表するような話でもないので、ここで報告.

昨年2013年,「鉄道橋のデザインガイド 」という本を翻訳出版した縁で今回の訪問の運びとなりました.(記念に本を二人で持って,パシャリと写真を一枚.左がオリジナルのドイツ語版,右が日本語版.)大企業の重役が、どこぞの骨とも知れない外国人に会ってくれるというのも,なかなか,ない話.折角の機会なので,挨拶がてら,デザインガイドのVol.2の発刊を首を長くして待っています,と催促してきました.

どういうことかと言うと、デザインガイドを発刊した2008年とはドイツ鉄道社(以下DB社)の体制が変わってしまったんです.そのために,もともと予定されていたデザインガイドのVol.2の発刊がずっと先延ばしにされているという状況です.

2007年にドイツ鉄道は有識者を集めた橋梁の専門委員会(Brückenbeirat)を社内に創設し、鉄道橋のデザインに力を入れています.具体的には,重要な鉄道橋の設計に際しては,常にこの委員会がその設計をチェックして,(意匠面も含めた)トータルで質の高い鉄道橋を作ろうという体制を作っていました.

ちなみに,デザインガイド本もこの委員会の成果の一つ.ヨルク・シュライヒ氏が,その委員の一人でデザインガイド本の中心的な著者です.


そもそも,なぜ近年になってDB社の意識が変わったかと言いますと,ドイツ鉄道社の元社長,ハートムート・メードルン(Hartmut Mehdorn)氏の存在が大きかったようです.

メードルン氏はかなりの敏腕かつ豪腕な人物なそうですが,シュライヒ氏と馬が合ったようで,氏の”橋梁は「Baukultur(建設文化)」の称号に値するものでなくてはいけない”といった考え方に深い理解を示し,それが実際の活動に繋がりました.そのメードルン氏ですが,2009年にDB社を退き,Air Berlin社で社長を務めた後,現在は,ベルリン新空港(Flughafen Berlin Brandenburg GmbH)の社長をされています.

メードルン氏去りし後,DB社はどうなったか.

新社長のもと,上述の設計体制が見直されてしまいました.もちろん,これは一概に悪いこととは言えません.橋梁建設は公共事業なので,色々なしがらみが絡み合います.トータルで質の高い橋梁を作らなくてはいけない,という想いだけではなかなか上手くいかないのが,難しい所です.

ドイツ鉄道のデザインガイド本が,日本で翻訳出版されたという事実と,今回の身分不相応なVol.2の発刊の”催促”が,今後のDB社の鉄道橋梁設計の良い方向への進化に,ほんの少しでも貢献できたら嬉しいんですが!

参考)
鉄道橋のデザインガイド: ドイツ鉄道の美の設計哲学 ドイツ鉄道 (編),ヨルク・シュライヒ ほか(著) ,増渕 基 (訳)

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ここ数年,ドイツでは公園で綱渡りの遊びをしている人を本当によく見かけます.二点間に張り渡した専用ラインの上を歩く一種のスポーツで,スラックライン(slackline)と呼ばれているものらしいです.

上の写真は,家の近所をジョギングしていた時に撮ったものなんですが,写真手前の木から,奥の木まで一本のラインを張っていて,その上を一人の人が歩いています.通常,スパンはせいぜい10mというところですが,これは優に60mは飛んでいてびっくり.全く建築でも橋でもないんですが, まさに軽量構造だなと.

軽量構造の理論を勉強すると,大抵2点間を張り渡したケーブル構造から始まります.このようなケーブル構造は変形が大きいために,その解析には幾何学的非線形性を考慮した理論が必要とされて,それが厄介なんですが,この複雑な挙動がこのスポーツの楽しみに結びついているわけですね.

あまり関係ないですが,拙訳「Footbridges - 構造・デザイン・歴史」 鹿島出版会、2011 ウルズラ・バウズ、マイク・シュライヒ (著) に出てくる一節を思い出しました.

”ケーブル吊構造はさまざまな形態が可能で、かつ美しいデザインの可能性を秘めていることは誰もが認めるところであろう。ケーブルへの信頼性は、サーカスの綱渡りにおける危険性で比喩的に例えられよう。それはつまり、ケーブルが破断する恐れではなくて、ロープの上で演技者がバランスを崩す恐れである。それは大きなリスクである。この文脈において、ヨルク・シュライヒの設計事務所によって設計された、軽量で優雅な曲線を描く一連の歩道橋は傑出したものとして挙げられる。それらは構造物の持つ力強さではなく、場所性から導かれた形態、詩的な情緒を含む輪郭のイメージとして印象付けられる。”


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尊敬する橋梁エンジニアKさんより,お正月に貴重なお手製カレンダーを頂きました.一昨年も頂いたので2回目.大変光栄です!

1,2月の写真は,三井住友建設設計の田久保川橋.ウェブにコンクリート製のプレキャストパネル「バタフライウェブ」を世界で初めて使用した新しい構造形式の橋梁です.

バタフライウェブ採用の最大のメリットは軽量化.従来のコンクリートウェブ箱桁橋に比べて,上部工の重量を約 10%減らせたそうです.

ウェブの軽量化というと,例えば波形鋼板ウェブが有名ですね.波形鋼板ウェブはフランスで実用化されたものですが,バタフライウェブは完全日本製!私の知るかぎりでは,10年以上前から実験などを積み重ねてついに実用化まで漕ぎ着けた,ということだったと思います.素晴らしいエンジニアリング魂ですね.

田久保川橋についてのPDF
http://www.smcon.co.jp/wp-content/themes/smc/resource/images/page_images/service/pcnews_pdf/PCN167.pdf

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ドイツ在住の橋梁・構造エンジニア / email: motoi (at) masubuchi.de

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