12/26/2016

川口衞著「構造と感性: 構造デザインの原理と手法」



大空間構造の発展を歴史的に俯瞰すると,人類は構造システムの開発を通して大スパン化軽量化を常に追求してきたと言えます. 

しかし言うまでもなく,構造システムの開発は簡単なものではありません.大抵の実務プロジェクトでは,予算と時間が限られていて,新規に開発するよりも,実績があるものを応用したほうが遥かに効率的ですし,リスクもありません.研究開発という形で,時間の制限少ない場合もありますが,それでも必要とされるリソースは膨大なものになります.

そして,開発と言っても多くのものは技術的な進歩という点では,小さな歩幅のものに限られます.それもそのはず,世界中のエンジニアが何千年もの間,重力や地震といった地球上で起こる普遍的な自然現象に対して,小さな歩幅で一歩一歩技術を進化させてきているわけで,一個人が大きな歩幅の開発を実践することは並大抵の難しさではありません.

ドイツ人の学生に代々木体育館の案内をする川口氏 (Photo: taken in Exkursion "Baukunst in Japan 2009" organised by Entwerfen und Konstruieren - Massivbau, TU-Berlin)



前置きが長くなりましたが,ここからが本題.私はこういった狭義での「構造デザイン」的観点から,大きな歩幅の業績を残されてきている川口衞氏とヨルク・シュライヒ氏の2人には格別の尊敬の念を持っています.

両者は世代も近く,その実績の大きさから比較されることが多いですが,そのテーマは別の機会に譲り,今回紹介したいのは,その川口氏が書いた「構造と感性: 構造デザインの原理と手法」.大変光栄なことに,ご本人よりサイン入りでご恵贈頂きました.上述の通り,私は川口衞氏の大ファンですので,私の書棚の中でも最も価値の高い書籍の一つになりました.

代々木第一体育館 (Photo: taken in Exkursion "Baukunst in Japan 2009" organised by Entwerfen und Konstruieren - Massivbau, TU-Berlin)


本書は,川口氏の数多くの業績が,そのバックグラウンドとともに,ご自身の手で書かれていることで,非常に価値の高いものになっています.世界中で多くのエンジニアが興味を持つ内容であることは明白で,この本は翻訳出版されるべきものだと強く思います.(実際すでに私のもとにも一度ドイツ人のエンジニアから,本の内容について教えてほしいという問い合わせが着ています.)

大空間への構造システムとしては,1960年頃からケーブル構造が台頭し,本書にある通り,膜構造,空気膜構造によってわずか20kg/m²程度で大空間を覆うことができるようになりました.つまり,コンクリート・シェルの終焉からわずか数十年で人類は究極の軽さに達したと言えます.川口氏はその著しい軽量化・進化のスピードの中心に居て,世界を牽引されてきました.

坪井研究室で構造を担当された代々木第一体育館は,現在でも日本を代表する建築となっています.よくミュンヘンのオリンピック・スタジアムの屋根と比較されますね.ミュンヘンがその圧倒的なスケールの「純粋な」吊り構造によってエポックメイキングな建築になっているのに対して,代々木はセミリジッドの吊り構造による独特の曲面によって,世界で類のない唯一無二の建築になっています.代々木体育館はぜひ世界遺産になって欲しいですね.

よく知られている話ですが,大阪万博のお祭り広場大屋根でスペースフレームの接合部として設計された鋳鋼ジョイントは,見学したピーター・ライスを通して,ポンピドゥー・センターの設計に大きな影響を与えました.

また同じくお祭り広場大屋根では,透明な屋根という建築的な要求に対して,世界初のフィルム屋根を開発されています.皮肉なことに日本ではETFE膜構造の実施は大分遅れましたが,現在では空気膨張構造は世界中でよく使われる構造システムの一つになっています.

原爆の子の塔 (1958) 川口氏の構造デザインとしての処女作 (Photo taken by author in 2016)


パンタドーム構法は川口氏の数多い業績の中でも,その規模や革新性の高さから最も有名なもののひとつです.「原理が単純で関与する要素の数が少ないものほど信頼性が高い」(本書p.212)とあるように,本当に革新的な新技術はシンプルなものが多いように思います.

パンタドーム構法のフープ材を取り除くことによりドームを折りたためるようにする」という発想は,聞けばどのエンジニアもなるほど,と頷くほどシンプルなものです.ですが,果たして自分が発想できただろうかと考えると,その発想力の偉大さに目を向けざるを得ません.

そして何より,この発想を実現まで漕ぎ着けた実行力には,ただただ脱帽するばかりです.当然のことながらこの構法は,スケールの大きいドームでその真価を発揮しますが,規模が大きくなるほど新技術の採用へのリスクは大きくなります.本書には,パンタドーム第一号となるワールド記念ホール(1985年竣工)の設計における,施工会社であった竹中工務店とのやり取りや,採用に至るまでの社長の英断のエピソードが書かれていますが,当然これは川口氏ご本人にしか書けないものです.

このエピソードを読んで勇気づけられないエンジニアはいないでしょうし,専門的な記録としても,本書の価値を比類なきものにしていると言えます.また,パンタドーム構法を,建設作業員など「正当な立役者たちに晴れの場を提供する」場として考えられている,というエピソードには,そのお人柄がよく表れていますね.

なみはやドーム 斜め方向へのリフトアップを実現 (Photo: taken in Exkursion "Baukunst in Japan 2009" organised by Entwerfen und Konstruieren - Massivbau, TU-Berlin)




個人的な話になりますが,私はドイツに来て,シュトゥットガルト・スクールで育まれてきたエンジニアの言葉の強さに驚きました.それはシンプルでありながら,強度があります.私は日本では土木出身ということもあり,川口氏の言葉に具体的に触れたのはドイツに渡ってからでしたが,川口氏の言葉にも,ドイツのエンジニアらと同じくらいの強度を感じます.本書には,今まで色々な媒体に散らばっていた川口氏の誇大な表現が一切ない,誠実で揺るぎない言葉がまとめられています.
 
本書について唯一,不満があるとずれば,本書のもとになった法政大学建築同窓会が刊行したセミナー記録冊子「構造と感性」(I巻)の最後に掲載されている,代々木体育館についてのコメントが本書には載っていないこと.本書と違いインタビュー形式の記述のため掲載されなかったと思われますが,川口氏から見た当時の代々木体育館の設計のエピソードが臨場感たっぷりで記載されていて個人的には大変興味深い内容でした.

法政大学建築同窓会が刊行したセミナー記録冊子「構造と感性」


ちなみに,英語で翻訳出版するべきであると書きましたが,実は2009年に,スペインのバレンシア大学出版局(Editorial De La Universitat Politècnica De València)より作品集が出版されています.シェル・空間構造国際会議(IASS)の50周年イベントのひとつとして企画された川口氏の展覧会のために出版されました.全ページカラーで巻末には英語の翻訳もあります.短いですが,ご子息である川口健一氏へのインタビューも載っています.

Mamoru Kawaguchi: Alberto Domingo Cabo, Carlos M. Lázaro Fernández (2009)










私が書くまでもなく,本書「構造と感性」は構造デザインを志す全てのエンジニアにとっての必携書であると言えるでしょう

追記 2017-11

下記の記事によると,多くの先輩がいる中,代々木競技場を担当することになったのは,当時の坪井研究室でケーブル構造などのテンション構造を成熟したレベルまで研究していたのは川口氏だけだったから,とのこと.他の方はシェル中心.まさにシェルからテンション構造への過渡期ですね.その後の世界のテンション構造を牽引される萌芽となったことが分かります.

日経アーキテクチュア 「駆け出しなし」で代々木競技場に大抜てき, 川口衞氏(川口衞構造設計事務所代表、法政大学名誉教授)、その1[若き日の葛藤編]



8/26/2016

たったの16日間のために50年と一億円以上をかけた橋 「THE FLOATING PIERS」

The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
先日車を走らせて,イタリア北部のイゼオ湖(Lago d'Iseo)に架けられたクリストによる桟橋THE FLOATING PIERS」を見に行ってきました.クリスト・アンド・ジャンヌクロード(Christo and Jeanne-Claude)は,言わずと知れた"包む"ことで世界的に有名なアーチストです.

現在,マイク・シュライヒがこのクリストとの協働で,ドラム410000個からなるピラミッドのような巨大インスタレーション(300m x 230m x 150mを作るという壮大なプロジェクトを進めています.(そしてその工構法には,日本の佐々木睦朗さんの提案が採用されています.)このプロジェクトに末席で少しだけ参加させてもらって以来,美の巨人の存在をほんの少しだけ身近に感じていました.そんな中クリストが,私の仕事であり趣味である「橋」を架けるというニュースを見て,居ても立ってもいられずに見に行きました.

Abu Dhabi Mastaba (Project for United Arab Emirates)
http://www.christojeanneclaude.net/projects/the-mastaba#.VU1ig00cSGh
 湖畔にあるスルツァーノ(Sulzano)という小さな村と,湖に浮かぶ島モンテ・イソラ(monte isola),そして島の沿道を経由して、さらに小さなサン・パオロ(San Paolo)島を繋いでいます.普段は船でしか渡れないところを,16日間限定で歩いて渡れるようにするという実に壮大なプロジェクト.橋長は約3に及びます
左にスルツァーノ,右にモンテ・イソラ,右奥にサン・パオロ / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
横幅は16mもあり,これだけの人が同時に歩いてもゆとりがありました.手すりも何もないので,橋の両端にスタッフが数10mごとに立っていて監視しています.両端の1mほどの区間に人が立ち止まると注意をしていました.ボートやヘリコプターからも常に安全の確認をしていたようです.

風や雨に関しては,常に気象情報をチェックしていたようで,私が橋上にいたときにも,あと数十分で雨が降るので橋から退避して下さいとのアナウンスがありました.たったの16日間とはいえ,この体制で24時間オープン(しかも入場料などは一切なし)にしていたのはすごいの一言.

橋上には同時に11000人まで,と制限していたそうです.そのため,時間によっては随分と待たされた人もいたよう.私は幸いにも待ち時間なしで入場できましたが,橋にたどり着くまでは,遊園地やイベント会場のような行列用のスポットがありました.
キューブの制作現場 / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/

構造としては,浮き橋で,高密度ポリエチレンからなるキューブ22万個を並べてできています.キューブの下のフレームからロープで湖底に200箇所アンカーを取って安定させています.キューブの上にはフェルト製のマットが敷かれ,その上に光沢のある美しいオレンジ色のテキスタイルが被せられているという,実にシンプルな構造.また,橋の両端キューブにだけ水を充填させて少し沈めることにより,橋表面に曲率をつけています.施工期間は1年半.使用された材料は全てリサイクルにまわされるとのこと.
アンカー / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
当然浮いているだけなので揺れます.が,これだけの人(中にはベビーカーも)が同時に歩いているわりには揺れないなと思ったのですが,これは横幅が効いているのかも知れません.
フェルト製のマット / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
とにかくスケールが想像以上でした.テンポラリーな橋としての,規模や構造も当然すごいのですが,何より驚いたのが,このプロジェクトに,ボランティアもスポンサーもいないという点.現地の案内スタッフだけでも数百人いたと思いますが,そいうのも含めプロジェクトにかかる全ての費用を,クリストが自ら支出しているとのこと.自身の作品を売って,お金を稼ぐそうです.わずか16日間のインスタレーションために,制作費用150万ユーロを捻出.すごい話です.


入場口では,このプロジェクトを説明した一枚のパンフレットと,この桟橋を包んでいるオレンジ色のテキスタイルの切れ端もらえます.この布は,何十万人がその上を歩くのですから当然,かなり丈夫なものでないといけません.Setexというドイツのメーカーのもの.これだけの注目を集めるプロジェクトだから,企業もさぞ喜んで材料を無償で提供するんだろうなぁと勝手に思っていたんですが,調べてみたら,クリストはボランティアだけではなく,一切のスポンサーも受け付けないとのこと.テキスタイルだけでも総面積10000m².それをお金を出して購入しているわけです.


比較するのは少々意地悪かと思いますが,先日,東京オリンピックで募集するボランティアに求められる要求の高さをニュースで知って,色々と考えてしまいました.また,この桟橋の近くに,市の管轄の臨時駐車場があったのですが,そこの駐車料金が20ユーロという,ちょっとこちらではありえない高額設定.ただ,経済活動としては,これらは普通のこと言えるわけでクリスト&ジャンヌ=クロードというアーチストの偉大さが際立ちます.

以前どこかで,クリストが,自分のインスタレーションは,そこに住む人へのギフトだと言っていたのですが,ここにきてようやくその本当の意味が理解できました.ちなみに彼らがこの「Floating Pier」の構想を得たのは1970年のこと.46年越しの実現です.

当初50万人ほどの訪問者を予想していたらしいですが,最終的には120万人が来たとのこと.色々な意味で,想像を超えた橋でした.

監視員が橋の脇に立って注意
端のキューブには水が充填されているので少し沈んでいます.常に揺れているので端の方はいつも濡れた状態.

桟橋の入り口
桟橋の入り口までのアプローチ部にももオレンジ色のテキスタイルが敷かれています
行列用のスポット
遠景から桟橋の様子


[基本情報]

名称:
The Floating Piers
完成年:
2016 (temporal: 18/06/2016 - 03/07/2016)
機能、種類:
インスタレーション
設計
Christo and Jenne-Claude
構造形式
浮き橋
規模:
橋長 約3
幅員 16
高密度ポリエチレンからなるキューブ 220000
アンカー200箇所(アンカー用ロープ37000m
テキスタイルSetex) 10000m² 
フェルト製マット  70000m²
位置:
Sulzano - Monte Isola, Lago di Iseo, Italy


[参考文献]
[1]
http://www.thefloatingpiers.com/
[2]
エントリ内の各数字は現地で配布されていたパンフレットより

author visited: 2016-07

8/21/2016

土木デザインのマイルストーン - ケンプテンの水力発電所 その2

以前紹介した水力発電所ですが,また訪れる機会があったので,追記.



下の写真の右側に写っているのが,初代のこの水力発電所の建物.現在は遺産登録されているため,一度屋根を取り外してクレーンで上からタービンなどの機械類を取り出したそうです.


発電所の川上側はダムになっていて,水量を調整しています.夏期の,最も水量が小さい時でも川下側の水位を数十センチには保つようにしているそう.そうしないと水が干上がって悪臭が立ち込める危険性があるとのこと.ダムの傾斜角度は60度で,水の落ちる音が騒音にならないように考慮しています.



下の写真は建て替え前の水力発電所.昔の建物には窓がついていました.騒音の問題があるため,基本的に窓はないほうが良いのですが,それだと夏の高温時に室内が50度近くになってしまうため,窓はどうしても必要であったとのこと.今は技術が進化して空調で室内の温度を低く保てるため,完全にシェルで密封することができました.



 下記の写真3枚は,この水力発電所が表紙を飾った「Ingenieurbaukunst – made in Germany 2012/2013」からの抜粋.ガイドの方の説明によると,水流で削られて丸みを帯びた石をイメージしてこの独創的な形態が生まれたそう.
 



シェルのコンクリートは2層になっていて,外側に紫外線に強い種類のものを持ってきているとのこと.(具体的なコンクリートの種類は失念)表面の小さな石はガイドによると意匠的なもの.
 


川下側からの魚道の入り口.アピールポイントにしているようで,ガイドでもこの種の環境への配慮の説明には随分と時間を割いていました.
 
 

ちなみに,大変残念なことに,この興味深い形状のシェル全体を上の方から見れる視点場はありません.上から写真を取りたければ,対岸の住居ビルになんとかして入れてもらうか,あるいはクローンが必要です.






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2/22/2016

アメリカのスターエンジニア, B・ベイカーの講演とSOMの展覧会

スケールと形について語るビル・ベイカー

昔の同僚で,今はSOMに勤める友人に,ミュンヘンで事務所の展覧会をするから来ないと誘われたので行ってきました.

言わずもがな,SOM(スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(Skidmore, Owings & Merrill)はシカゴに本拠地を構える組織設計事務所で,ハイライズの建築設計で特に有名です.

事務所にはアーキテクトだけでなく,構造エンジニアも多く所属しています.歴史に名を残すエンジニアとして,古くはFazlur Khanmなどが有名ですが,現在のSOMのエンジニアリングを引っ張っているのは,何と言ってもウィリアム・F・ベーカー(William F. Baker).愛称でのビル・ベイカー(Bill Baker)と呼ばれることも多いですね.

展覧会のオープニングイベントとして,このベイカー氏とMark Sarkisian氏による講演がありました.ベイカーは2011年にシュトットガルト大学より名誉博士号をもらっていて,その時にILEKで氏の講演を聴いたことがあるので,個人的には今回は2回目の聴講.先の講演では,業績に焦点を当てていたためか,氏の代表作の1つである世界一高いビル,ブルジュ・ハリーファなど実際のプロジェクトの話が主だった記憶があるのですが,今回の講演は歴史から設計哲学,研究まで含んだ多角的な内容でした.

それもそのはず,今回の展覧会は,ドイツの建築雑誌Detail誌が数年前から始めたエンジニアシリーズの第4弾として出版された本のプロモーションを兼ねていたからです



Som Structural Engineering (Detail Engineering)

本の内容と,講演の内容はほぼ一致していて,個人的には特に研究の話が面白かった.今トレンドである,いわゆるコンピューティング・デザインの内容が多かったですが,実務がメインの中で,これだけ研究や開発に力を入れているのはすごいの一言.

DETAIL誌の一ページ
同じ実務設計者による研究でも,大学の研究室を持っているシュライヒやゾーベックらドイツ勢と違い,(当然ではありますが)より実践に即した研究が行われていると感じました.展覧会の紹介パンフレットから言葉を借りれば,「どのようにして新世代のSOMの建築を創り出すか」に焦点を当てています.例えば,風荷重に対して最適化したハイライズのデザイン.下記のCITIC Financial Centreの提案はこの一例です.(ただ,SOMに勤めている他の友人の話なども聞くと,これらの研究はあくまで各エンジニアによって自主的に行われているもので,会社として何らかのコストを支払っているというわけではないとのことです. )

SOMによるCITIC Financial Centreの提案(コンペ2位)
新しい物への嗅覚が敏感なエンジニアの若者で,このベイカーの講演を聞いて心躍らせない者はいないであろうな,と思わせるほどには十分刺激的でした.

余談ですが,SOMに代表されるハイライズで有名なシカゴ・スクールと,軽量構造のシュトゥットガルト・スクールには人的な交流があります.

ゾーベックも昔SOMで働いていましたし,個人的に身近な例を挙げれば,今回の展覧会をオーガナイズした友人のクリスチャン・ハーツ(Christian Hartz)も,シュライヒのもとで博士号を取得後,SOMで働いています.

最も有名なのは,ヨルク・シュライヒとSOMを代表するアーキテクトのマイロン・ゴールドスミス(Myron Goldsmith; 1918 -1996)の交友関係.

若き日のゴールドスミスが,イタリアのネルヴィのもとでのインターン修了後,同僚であったシュライヒの姉を訪ねて,シュトゥットガルト近郊Stettenのシュライヒの実家を訪れています.それが,彼と当時まだ学生だったシュライヒとの最初の出会い.そしてその際に,フリッツ・レオンハルトに会いに行くというゴールドスミスに付いて行く形で,シュライヒは後の師に出会います.[3]色々と運命的ですね.

今回の講演でも,手がけたミュンヘン・オリンピックスタジアムの前に立つ若き日のシュライヒと,ゴールドスミスの2ショットが紹介されていました.

シュライヒとゴールドスミス
上述のDetail誌のインタビューでも,ベイカーはシュライヒ事務所に似たような設計哲学を感じているとのコメントがありました.[2]世界でも稀有な2つのスタイルを持つエンジニアリング・スクールが,繋がりを持っているというのは面白いですね.

さて,展覧会ですが,一つ目の部屋には,SOMが設計してきたハイライズの模型が一列に並んで壮観です.1/500スケールに揃えて一番入り口側にあるもののの高さが100m.そこから徐々に高くなっていき,一番奥にあるものが高さ約1キロとなります.イリノイ工科大学の学生とクリスマス休暇返上で作成したクリスチャンの力作です.構造体だけを表現した模型で,非常に質くて驚きました

ハイライズの模型
あとの部屋には,プロジェクトと上述の研究成果の紹介.


小さな展覧会ですが,非常に見応えがありました.


ミュンヘンからの帰途,購入した上述のDetail誌を電車の中でパラパラと読んでいて感じたのは,いわゆるこのエンジニアリング・デザイン(あるいは構造デザイン)界隈での,ドイツの強さ.レオンハルトは,建築と土木が一体化した「建設文化(Baukultur)」[4]を提唱しましたが,半世紀が経って,文化として成熟してきているのを感じます.世界的に評価の高い建築雑誌であるDeitail誌が,シリーズとしてエンジニアを取り上げ始めたのは何よりの証拠ではないでしょうか.そして,ドイツから世界に向けて発信しているのが素晴らしいですね.

上述のクリスチャンだけでなく,こちらも元同僚のアネッテ・ベーグレ(Annette Bögle)も寄稿しています.

DETAIL誌の一ページ SOMには珍しい橋梁デザインの一提案

展覧会はミュンヘンのARCHITEKTURGALERIE201634日まで開催されています.
展覧会で配られている,上述のハイライズの模型のカタログ

[展覧会情報]

"SOM The Engineering of Architecture"
場所 ARCHITEKTURGALERIE MÜNCHEN (本屋L. Wernerの奥)
住所 Türkenstr. 30, 80333 München
日時 Mo-Mi 9:30-19:00 Uhr, Do-Fr bis 19:30 Uhr, Sa bis 18:00 Uhr


[参考文献]


[1]
DETAIL engineering 4: SOM
[2]
Ibid., pp.12
[3]
Joachim Kleinmanns u. Christiane Weber (Herausgeber): Fritz Leonhardt 1909-1999. Die Kunst des Konstruierens, 2009. pp.100-105
[4]
Ibid., pp.11
[5]
[6]




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