スパン35メートルからのデザイン・ブログ

軽量・構造・デザイン

The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
先日車を走らせて,イタリア北部のイゼオ湖(Lago d'Iseo)に架けられたクリストによる桟橋「THE FLOATING PIERS」を見に行ってきました.クリスト・アンド・ジャンヌクロード(Christo and Jeanne-Claude)は,言わずと知れた"包む"ことで世界的に有名なアーチストです.

現在,マイク・シュライヒがこのクリストとの協働で,ドラム410000個からなるピラミッドのような巨大インスタレーション(300m x 230m x 150m)を作るという壮大なプロジェクトを進めています.(そしてその工構法には,日本の佐々木睦朗さんの提案が採用されています.)このプロジェクトに末席で少しだけ参加させてもらって以来,美の巨人の存在をほんの少しだけ身近に感じていました.そんな中クリストが,私の仕事であり趣味である「橋」を架けるというニュースを見て,居ても立ってもいられずに見に行きました.

Abu Dhabi Mastaba (Project for United Arab Emirates)
http://www.christojeanneclaude.net/projects/the-mastaba#.VU1ig00cSGh
 湖畔にあるスルツァーノ(Sulzano)という小さな村と,湖に浮かぶ島モンテ・イソラ(monte isola),そして島の沿道を経由して、さらに小さなサン・パオロ(San Paolo)島を繋いでいます.普段は船でしか渡れないところを,16日間限定で歩いて渡れるようにするという実に壮大なプロジェクト.橋長は約3㎞に及びます.
左にスルツァーノ,右にモンテ・イソラ,右奥にサン・パオロ / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
横幅は16mもあり,これだけの人が同時に歩いてもゆとりがありました.手すりも何もないので,橋の両端にスタッフが数10mごとに立っていて監視しています.両端の1mほどの区間に人が立ち止まると注意をしていました.ボートやヘリコプターからも常に安全の確認をしていたようです.

風や雨に関しては,常に気象情報をチェックしていたようで,私が橋上にいたときにも,あと数十分で雨が降るので橋から退避して下さいとのアナウンスがありました.たったの16日間とはいえ,この体制で24時間オープン(しかも入場料などは一切なし)にしていたのはすごいの一言.

橋上には同時に11000人まで,と制限していたそうです.そのため,時間によっては随分と待たされた人もいたよう.私は幸いにも待ち時間なしで入場できましたが,橋にたどり着くまでは,遊園地やイベント会場のような行列用のスポットがありました.
キューブの制作現場 / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/

構造としては,浮き橋で,高密度ポリエチレンからなるキューブ22万個を並べてできています.キューブの下のフレームからロープで湖底に200箇所アンカーを取って安定させています.キューブの上にはフェルト製のマットが敷かれ,その上に光沢のある美しいオレンジ色のテキスタイルが被せられているという,実にシンプルな構造.また,橋の両端キューブにだけ水を充填させて少し沈めることにより,橋表面に曲率をつけています.施工期間は1年半.使用された材料は全てリサイクルにまわされるとのこと.
アンカー / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
当然浮いているだけなので揺れます.が,これだけの人(中にはベビーカーも)が同時に歩いているわりには揺れないなと思ったのですが,これは横幅が効いているのかも知れません.
フェルト製のマット / The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/
とにかくスケールが想像以上でした.テンポラリーな橋としての,規模や構造も当然すごいのですが,何より驚いたのが,このプロジェクトに,ボランティアもスポンサーもいないという点.現地の案内スタッフだけでも数百人いたと思いますが,そいうのも含めプロジェクトにかかる全ての費用を,クリストが自ら支出しているとのこと.自身の作品を売って,お金を稼ぐそうです.わずか16日間のインスタレーションのために,制作費用150万ユーロを捻出.すごい話です.


入場口では,このプロジェクトを説明した一枚のパンフレットと,この桟橋を包んでいるオレンジ色のテキスタイルの切れ端がもらえます.この布は,何十万人がその上を歩くのですから当然,かなり丈夫なものでないといけません.Setexというドイツのメーカーのもの.これだけの注目を集めるプロジェクトだから,企業もさぞ喜んで材料を無償で提供するんだろうなぁと勝手に思っていたんですが,調べてみたら,クリストはボランティアだけではなく,一切のスポンサーも受け付けないとのこと.テキスタイルだけでも総面積10000m².それをお金を出して購入しているわけです.


比較するのは少々意地悪かと思いますが,先日,東京オリンピックで募集するボランティアに求められる要求の高さをニュースで知って,色々と考えてしまいました.また,この桟橋の近くに,市の管轄の臨時駐車場があったのですが,そこの駐車料金が20ユーロという,ちょっとこちらではありえない高額設定.ただ,経済活動としては,これらは普通のことと言えるわけで,クリスト&ジャンヌ=クロードというアーチストの偉大さが際立ちます.

以前どこかで,クリストが,自分のインスタレーションは,そこに住む人へのギフトだと言っていたのですが,ここにきてようやくその本当の意味が理解できました.ちなみに彼らがこの「Floating Pier」の構想を得たのは1970年のこと.46年越しの実現です.

当初50万人ほどの訪問者を予想していたらしいですが,最終的には120万人が来たとのこと.色々な意味で,想像を超えた橋でした.

監視員が橋の脇に立って注意
端のキューブには水が充填されているので少し沈んでいます.常に揺れているので端の方はいつも濡れた状態.

桟橋の入り口
桟橋の入り口までのアプローチ部にももオレンジ色のテキスタイルが敷かれています
行列用のスポット
遠景から桟橋の様子


[基本情報]

名称:
The Floating Piers
完成年:
2016 (temporal: 18/06/2016 - 03/07/2016)
機能、種類:
インスタレーション
設計:
Christo and Jenne-Claude
構造形式:
浮き橋
規模:
橋長 約3㎞
幅員 16m
高密度ポリエチレンからなるキューブ 220000個
アンカー200箇所(アンカー用ロープ37000m)
テキスタイル(Setex) 10000m² 
フェルト製マット  70000m²
位置:
Sulzano - Monte Isola, Lago di Iseo, Italy


[参考文献]
[1]
http://www.thefloatingpiers.com/
[2]
エントリ内の各数字は現地で配布されていたパンフレットより

author visited: 2016-07

Share
以前紹介した水力発電所ですが,また訪れる機会があったので,追記.



下の写真の右側に写っているのが,初代のこの水力発電所の建物.現在は遺産登録されているため,一度屋根を取り外してクレーンで上からタービンなどの機械類を取り出したそうです.


発電所の川上側はダムになっていて,水量を調整しています.夏期の,最も水量が小さい時でも川下側の水位を数十センチには保つようにしているそう.そうしないと水が干上がって悪臭が立ち込める危険性があるとのこと.ダムの傾斜角度は60度で,水の落ちる音が騒音にならないように考慮しています.



下の写真は建て替え前の水力発電所.昔の建物には窓がついていました.騒音の問題があるため,基本的に窓はないほうが良いのですが,それだと夏の高温時に室内が50度近くになってしまうため,窓はどうしても必要であったとのこと.今は技術が進化して空調で室内の温度を低く保てるため,完全にシェルで密封することができました.



 下記の写真3枚は,この水力発電所が表紙を飾った「Ingenieurbaukunst – made in Germany 2012/2013」からの抜粋.ガイドの方の説明によると,水流で削られて丸みを帯びた石をイメージしてこの独創的な形態が生まれたそう.
 



シェルのコンクリートは2層になっていて,外側に紫外線に強い種類のものを持ってきているとのこと.(具体的なコンクリートの種類は失念)表面の小さな石はガイドによると意匠的なもの.
 


川下側からの魚道の入り口.アピールポイントにしているようで,ガイドでもこの種の環境への配慮の説明には随分と時間を割いていました.
 
 

ちなみに,大変残念なことに,この興味深い形状のシェル全体を上の方から見れる視点場はありません.上から写真を取りたければ,対岸の住居ビルになんとかして入れてもらうか,あるいはクローンが必要です.






author visited: 2016-08
Share
新しい投稿 前の投稿 ホーム

Author

Author
ドイツ在住の橋梁・構造エンジニア / email: motoi (at) masubuchi.de

Popular Posts

  • ジェノヴァの橋の崩壊は,設計者モランディの責任か
    ジェノヴァの橋  外観 [1] 先日(2018年8月14日)イタリアで起きた,ショッキングな 橋の 事故について.今回の事故は,維持管理の問題の側面が大きいかと思います.しかし,そちらの面からは,専門家の間で大いに議論されているように思いますので,ここでは設計...
  • ポルシェの形をしたパビリオン - 片持ちのシェルに構造的合理性はあるか?
    ベルリンから高速列車でおよそ1時間,ヴォルフスブルク (Wolfsburg) は、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの企業城下町です.中央駅から川を隔てたすぐ脇に,工場兼,テーマパークであるアウトシュタット(Autostadt)“自動車の街”があり,今回紹介す...
  • なぜ大雪で「くまがやドーム」の屋根が壊れたのか考えてみた
    関東地方を襲った大雪によって,インフラ,建築構造物にも多大な被害が出ていますね.心配しながらネットで各地の様子を見ていたのですが,その中で,熊谷市の「彩の国くまがやドーム」の屋根の壊れ方が少々気になったので考察してみました. https://twitter.com/hir...
  • フライ・オットーのプリツカー賞受賞の報と訃報に接して
    ミュンヘンオリンピック競技場 昨日(2015年3月10日),フライ・オットーの2015年のプリツカー賞受賞のニュースとともに,訃報が報じられました.受賞と訃報に関係はなく,本当に偶然だったようで,ただただ驚きました. プリツカー賞HPによると,受賞は今年の始め(2...
  • ウンシュトルト高架橋に見るヨルク・シュライヒの造形力
    前回のゲンゼバッハ高架橋( 1 , 2 )と同じく,Ebensfeld‐Leipzig/Halle間の高速新線上にあり,ほぼ同時期に施工されたのが,このウンシュトルト高架橋(Unstruttalbrücke)です. シュライヒ・ベルガーマン&パートナー事務...
  • たったの16日間のために50年と一億円以上をかけた橋 「THE FLOATING PIERS」
    The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/ ...
  • ジェノヴァの橋の崩壊は設計者モランディの責任か - 続報 - 現地に行ってみた
    2018年9月の状況(著者撮影)  (この記事には事故現場の写真が含まれますので閲覧にはご注意下さい.) 前回の記事 > ジェノヴァの橋の崩壊は,設計者モランディの責任か モランディの橋の事故からおよそ二ヶ月.先日書いた記事のアクセス数は5000を超えてい...
  • 構造エンジニアという職能の誕生 - エッフェルの橋が先か,パリの機械館が先か
    ポルトのドウロ川( Douro River )には,大きな橋が6つ架かっていますが,その中でもマリア・ピア橋( Ponte Maria Pia )はギュスターヴ・エッフェル( Gustave Eiffel )が設計した橋として有名です. 錬鉄製の 2 ヒンジアー...
  • 良い橋って何?という人のための橋梁デザイン入門 - モランディの傑作を教科書として
    驚くべきことに,晩夏のヴァーリ湖(Lago di Vagli)には全く水がなかったのである. 水面に浮かぶ凛とした姿が見れることを期待していたのに. 少々がっかりはしたけれど,しかし,それでもこの橋の佇まいには心打たれるものがあった. ...
  • ニューヨークのMOMAで語られた日本の構造家列伝(1/2)
    去る 2016 年の 4 月に,ニューヨーク近代美術館 (MOMA) で日本の構造家をテーマにした講演会「 Structured Lineages: Learning fromJapanese Structural Design 」が行われました.もう大分時間が経...

ラベル

  • a1_シェル (4)
  • a1_ドーム (1)
  • a1_パビリオン (5)
  • a1_環境建築 (1)
  • a3_ケーブル構造 (3)
  • a3_テンセグリティ (1)
  • a3_モノコック構造 (1)
  • a3_膜構造 (1)
  • a4_ステンレス鋼 (1)
  • a5_石積み構造 (1)
  • b1_鉄道橋 (11)
  • b1_道路橋 (3)
  • b1_歩道橋 (9)
  • b2_曲線橋 (1)
  • b3_アーチ橋 (2)
  • b3_インテグラル橋 (3)
  • b3_フィーレンデール橋 (2)
  • b3_斜張橋 (2)
  • b3_吊橋 (2)
  • b3_浮き橋 (1)
  • b4_RC/PC橋 (8)
  • b4_鋼橋 (4)
  • b4_合成・複合橋 (3)
  • b4_木橋 (1)
  • c01_[日本] (1)
  • c02_[ドイツ] (19)
  • c02_アルゴイ地方 (1)
  • c02_ヴォルフスブルク (1)
  • c02_ケンプテン (2)
  • c02_シュトゥットガルト (1)
  • c02_ベルリン (3)
  • c03_[スペイン] (4)
  • c03_バルセロナ (2)
  • c04_[オーストリア] (2)
  • c04_[スイス] (2)
  • c04_チューリッヒ (1)
  • c06_[アルプス地方] (3)
  • c07_[イタリア] (4)
  • c08_[ポルトガル] (3)
  • e_Carlos Fernández Casado (2)
  • e_Dr. Schütz Ingenieure (1)
  • e_Pedelta (2)
  • e_SOM (1)
  • e_エッフェル (1)
  • e_エンゲルズマン (1)
  • e_クニッパーズ (3)
  • e_シュライヒ_sbp (7)
  • e_シュライヒ_マイク (10)
  • e_シュライヒ_ヨルク (6)
  • e_セシル・バルモンド (1)
  • e_ゾーベック (3)
  • e_ビル・ベイカー (2)
  • e_フライ・オットー (2)
  • e_マイヤール (1)
  • e_マルテ・マルテ・アーキテクテン (1)
  • e_モランディ (3)
  • e_ユルク・コンツェット (1)
  • e_川口衞 (3)
  • f_アダプティブ構造 (1)
  • f_コンピュテーショナルデザイン (1)
  • f_バタフライウェブ (1)
  • f_レクチャー_Best of Engineering (2)
  • f_レクチャー_カーボンでつくる未来の建築 (2)
  • f_構造おもちゃ (2)
  • f_構造デザイン論 (5)
  • f_構造とアート (3)
  • f_講演 (6)
  • f_書籍 (9)
  • f_展覧会 (3)
  • f_土木デザイン (4)

Blog Archive

  • ►  2018 (7)
    • ►  10月 (3)
    • ►  8月 (2)
    • ►  3月 (1)
    • ►  2月 (1)
  • ►  2017 (6)
    • ►  12月 (1)
    • ►  11月 (5)
  • ▼  2016 (5)
    • ►  12月 (1)
    • ▼  8月 (2)
      • たったの16日間のために50年と一億円以上をかけた橋 「THE FLOATING PIERS」
      • 土木デザインのマイルストーン - ケンプテンの水力発電所 その2
    • ►  2月 (2)
  • ►  2015 (10)
    • ►  11月 (2)
    • ►  10月 (2)
    • ►  9月 (1)
    • ►  5月 (1)
    • ►  3月 (1)
    • ►  2月 (3)
  • ►  2014 (19)
    • ►  5月 (1)
    • ►  4月 (2)
    • ►  3月 (4)
    • ►  2月 (12)
  • ►  2013 (3)
    • ►  12月 (3)
Copyright © 2015 スパン35メートルからのデザイン・ブログ

Created By ThemeXpose