スパン35メートルからのデザイン・ブログ

軽量・構造・デザイン

スケールと形について語るビル・ベイカー

昔の同僚で,今はSOMに勤める友人に,ミュンヘンで事務所の展覧会をするから来ないと誘われたので行ってきました.

言わずもがな,SOM(スキッドモア・オーウィングズ・アンド・メリル(Skidmore, Owings & Merrill)はシカゴに本拠地を構える組織設計事務所で,ハイライズの建築設計で特に有名です.

事務所にはアーキテクトだけでなく,構造エンジニアも多く所属しています.歴史に名を残すエンジニアとして,古くはFazlur Khanmなどが有名ですが,現在のSOMのエンジニアリングを引っ張っているのは,何と言ってもウィリアム・F・ベーカー(William F. Baker).愛称でのビル・ベイカー(Bill Baker)と呼ばれることも多いですね.

展覧会のオープニングイベントとして,このベイカー氏とMark Sarkisian氏による講演がありました.ベイカーは2011年にシュトットガルト大学より名誉博士号をもらっていて,その時にILEKで氏の講演を聴いたことがあるので,個人的には今回は2回目の聴講.先の講演では,業績に焦点を当てていたためか,氏の代表作の1つである世界一高いビル,ブルジュ・ハリーファなど実際のプロジェクトの話が主だった記憶があるのですが,今回の講演は歴史から設計哲学,研究まで含んだ多角的な内容でした.

それもそのはず,今回の展覧会は,ドイツの建築雑誌Detail誌が数年前から始めたエンジニアシリーズの第4弾として出版された本のプロモーションを兼ねていたからです.



Som Structural Engineering (Detail Engineering)

本の内容と,講演の内容はほぼ一致していて,個人的には特に研究の話が面白かった.今トレンドである,いわゆるコンピューティング・デザインの内容が多かったですが,実務がメインの中で,これだけ研究や開発に力を入れているのはすごいの一言.

DETAIL誌の一ページ
同じ実務設計者による研究でも,大学の研究室を持っているシュライヒやゾーベックらドイツ勢と違い,(当然ではありますが)より実践に即した研究が行われていると感じました.展覧会の紹介パンフレットから言葉を借りれば,「どのようにして新世代のSOMの建築を創り出すか」に焦点を当てています.例えば,風荷重に対して最適化したハイライズのデザイン.下記のCITIC Financial Centreの提案はこの一例です.(ただ,SOMに勤めている他の友人の話なども聞くと,これらの研究はあくまで各エンジニアによって自主的に行われているもので,会社として何らかのコストを支払っているというわけではないとのことです. )

SOMによるCITIC Financial Centreの提案(コンペ2位)
新しい物への嗅覚が敏感なエンジニアの若者で,このベイカーの講演を聞いて心躍らせない者はいないであろうな,と思わせるほどには十分刺激的でした.

余談ですが,SOMに代表されるハイライズで有名なシカゴ・スクールと,軽量構造のシュトゥットガルト・スクールには人的な交流があります.

ゾーベックも昔SOMで働いていましたし,個人的に身近な例を挙げれば,今回の展覧会をオーガナイズした友人のクリスチャン・ハーツ(Christian Hartz)も,シュライヒのもとで博士号を取得後,SOMで働いています.

最も有名なのは,ヨルク・シュライヒとSOMを代表するアーキテクトのマイロン・ゴールドスミス(Myron Goldsmith; 1918 -1996)の交友関係.

若き日のゴールドスミスが,イタリアのネルヴィのもとでのインターン修了後,同僚であったシュライヒの姉を訪ねて,シュトゥットガルト近郊Stettenのシュライヒの実家を訪れています.それが,彼と当時まだ学生だったシュライヒとの最初の出会い.そしてその際に,フリッツ・レオンハルトに会いに行くというゴールドスミスに付いて行く形で,シュライヒは後の師に出会います.[3]色々と運命的ですね.

今回の講演でも,手がけたミュンヘン・オリンピックスタジアムの前に立つ若き日のシュライヒと,ゴールドスミスの2ショットが紹介されていました.

シュライヒとゴールドスミス
上述のDetail誌のインタビューでも,ベイカーはシュライヒ事務所に似たような設計哲学を感じているとのコメントがありました.[2]世界でも稀有な2つのスタイルを持つエンジニアリング・スクールが,繋がりを持っているというのは面白いですね.

さて,展覧会ですが,一つ目の部屋には,SOMが設計してきたハイライズの模型が一列に並んで壮観です.1/500スケールに揃えて,一番入り口側にあるもののの高さが100m.そこから徐々に高くなっていき,一番奥にあるものが高さ約1キロとなります.イリノイ工科大学の学生とクリスマス休暇返上で作成したクリスチャンの力作です.構造体だけを表現した模型で,非常に質が高くて驚きました.

ハイライズの模型
あとの部屋には,プロジェクトと上述の研究成果の紹介.


小さな展覧会ですが,非常に見応えがありました.


ミュンヘンからの帰途,購入した上述のDetail誌を電車の中でパラパラと読んでいて感じたのは,いわゆるこのエンジニアリング・デザイン(あるいは構造デザイン)界隈での,ドイツの強さ.レオンハルトは,建築と土木が一体化した「建設文化(Baukultur)」[4]を提唱しましたが,半世紀が経って,文化として成熟してきているのを感じます.世界的に評価の高い建築雑誌であるDeitail誌が,シリーズとしてエンジニアを取り上げ始めたのは何よりの証拠ではないでしょうか.そして,ドイツから世界に向けて発信しているのが素晴らしいですね.

上述のクリスチャンだけでなく,こちらも元同僚のアネッテ・ベーグレ(Annette Bögle)も寄稿しています.

DETAIL誌の一ページ SOMには珍しい橋梁デザインの一提案

展覧会はミュンヘンのARCHITEKTURGALERIEで2016年3月4日まで開催されています.
展覧会で配られている,上述のハイライズの模型のカタログ

[展覧会情報]

"SOM The Engineering of Architecture"
場所 ARCHITEKTURGALERIE MÜNCHEN (本屋L. Wernerの奥)
住所 Türkenstr. 30, 80333 München
日時 Mo-Mi 9:30-19:00 Uhr, Do-Fr bis 19:30 Uhr, Sa bis 18:00 Uhr
http://www.architekturgalerie-muenchen.de


[参考文献]


[1]
DETAIL engineering 4: SOM
[2]
Ibid., pp.12
[3]
Joachim Kleinmanns u. Christiane Weber (Herausgeber): Fritz Leonhardt 1909-1999. Die Kunst des Konstruierens, 2009. pp.100-105
[4]
Ibid., pp.11
[5]
http://www.oskarvonmillerforum.de/programm/veranstaltung/cal/event/detail/som-the-engineering-of-architecture/2016/january/19.html
[6]
http://www.oskarvonmillerforum.de/videoarchiv/som-the-engineering-of-architecture.html




author visited: 2016-01

Share


お正月はとっくに過ぎ去ってしまいましたが,本年もよろしくお願いいたします.一本目は軽い構造デザインネタで.
  
先日,友人が,こんな面白いラベルのワインを見つけたよ!と教えてくれました.それが写真右側のスペイン産の白ワイン.ラベルには,エンジニアにはお馴染みの構造システムのスケッチが並んでいます.

こんな変わったデザインをする人はそうそうおりません.実はこれマイク・シュライヒのデザインです.なんでエンジニアがワインのラベルをデザインすることになったのか,本人にお会いした時に直接聞いたところによると,このワインとの出会いはスペインだったそうです.その後,このワインメーカーの人と直接会ってラベルをデザインすることになったそう.

氏がデザインしたのは2014年のもので,それ以前のものは,写真左側の赤ワイン(これは2012年もの)のラベルのように,橋が並んでいます.これは,このワインの産地であるスペイン北東部のサンタ・クルス村(Santa Cruz)にある橋梁群だそうです.こちらも面白い.

ガバ・ド・シル(Gaba do Xil)のラベル vintuswines.comより 

話は少し逸れますが,マイク・シュライヒの構造システム図と言えば,下記の図がよく参照されます.実は私も自分の論文に引用したことがあります.二次元から三次元までの構造システム全体を非常に簡潔にまとめています.圧縮と引張を鏡のように反転させて配置していて,その関係性が分かりやすい.


The order of structures by Mike Schlaich, from [1]

昨年,ドイツでのエンジニア教育について書く機会を頂き,そこにも書きました[2]が,レオンハルトから脈々と受け継がれている,シュトットガルト・スクールでは,まさにこの図が示すような,ホリスティックなアプローチで,構造エンジニアリングを教えているのが特徴だと思います.

閑話休題.このワインは日本でも簡単に手に入るようなので,橋梁あるいは構造デザイン好きのかたは話のネタに一本どうでしょうか.ちなみに,ワインについては全くの素人ですが,フルーティーで甘い,というよりは,すっきりとしたドライなタイプのものでした.ドイツでは10ユーロ前後で売られているようですが,値段相当の味わいと満足度でした.おすすめです.

ガバ・ド・シル(Gaba do Xil)

生産者はスペインワイン界の異端児 テルモ・ロドリゲス (日本語)
http://www.winegrocery.com/fs/winegrocery/c/214

産地について(日本語)
http://item.rakuten.co.jp/vindu268/c/0000000477/

ワインメーカーHP (英語・スペイン語)
http://telmorodriguez.com/index.php/en/wines/valdeorras#02

[参考文献]
[1] 
Schlaich, M., 2006. Challenges in Education Conceptual and Structural Design. IABSE Symposium Report.
[2]
増渕 基,創造性のあるエンジニアは育てられるか ─ シュトゥットガルトスクールに見る構造デザインの主旋律 ─,橋梁と基礎,2015年8月,49巻,8号,pp.114-117

Share
新しい投稿 前の投稿 ホーム

Author

Author
ドイツ在住の橋梁・構造エンジニア / email: motoi (at) masubuchi.de

Popular Posts

  • ジェノヴァの橋の崩壊は,設計者モランディの責任か
    ジェノヴァの橋  外観 [1] 先日(2018年8月14日)イタリアで起きた,ショッキングな 橋の 事故について.今回の事故は,維持管理の問題の側面が大きいかと思います.しかし,そちらの面からは,専門家の間で大いに議論されているように思いますので,ここでは設計...
  • ポルシェの形をしたパビリオン - 片持ちのシェルに構造的合理性はあるか?
    ベルリンから高速列車でおよそ1時間,ヴォルフスブルク (Wolfsburg) は、ドイツの自動車メーカー、フォルクスワーゲンの企業城下町です.中央駅から川を隔てたすぐ脇に,工場兼,テーマパークであるアウトシュタット(Autostadt)“自動車の街”があり,今回紹介す...
  • なぜ大雪で「くまがやドーム」の屋根が壊れたのか考えてみた
    関東地方を襲った大雪によって,インフラ,建築構造物にも多大な被害が出ていますね.心配しながらネットで各地の様子を見ていたのですが,その中で,熊谷市の「彩の国くまがやドーム」の屋根の壊れ方が少々気になったので考察してみました. https://twitter.com/hir...
  • フライ・オットーのプリツカー賞受賞の報と訃報に接して
    ミュンヘンオリンピック競技場 昨日(2015年3月10日),フライ・オットーの2015年のプリツカー賞受賞のニュースとともに,訃報が報じられました.受賞と訃報に関係はなく,本当に偶然だったようで,ただただ驚きました. プリツカー賞HPによると,受賞は今年の始め(2...
  • ウンシュトルト高架橋に見るヨルク・シュライヒの造形力
    前回のゲンゼバッハ高架橋( 1 , 2 )と同じく,Ebensfeld‐Leipzig/Halle間の高速新線上にあり,ほぼ同時期に施工されたのが,このウンシュトルト高架橋(Unstruttalbrücke)です. シュライヒ・ベルガーマン&パートナー事務...
  • たったの16日間のために50年と一億円以上をかけた橋 「THE FLOATING PIERS」
    The Floating Piers, Lake Iseo, Italy, 2014-16, Photo: Wolfgang Volz, © 2016 Christo, taken from http://www.thefloatingpiers.com/press/ ...
  • ジェノヴァの橋の崩壊は設計者モランディの責任か - 続報 - 現地に行ってみた
    2018年9月の状況(著者撮影)  (この記事には事故現場の写真が含まれますので閲覧にはご注意下さい.) 前回の記事 > ジェノヴァの橋の崩壊は,設計者モランディの責任か モランディの橋の事故からおよそ二ヶ月.先日書いた記事のアクセス数は5000を超えてい...
  • 構造エンジニアという職能の誕生 - エッフェルの橋が先か,パリの機械館が先か
    ポルトのドウロ川( Douro River )には,大きな橋が6つ架かっていますが,その中でもマリア・ピア橋( Ponte Maria Pia )はギュスターヴ・エッフェル( Gustave Eiffel )が設計した橋として有名です. 錬鉄製の 2 ヒンジアー...
  • 良い橋って何?という人のための橋梁デザイン入門 - モランディの傑作を教科書として
    驚くべきことに,晩夏のヴァーリ湖(Lago di Vagli)には全く水がなかったのである. 水面に浮かぶ凛とした姿が見れることを期待していたのに. 少々がっかりはしたけれど,しかし,それでもこの橋の佇まいには心打たれるものがあった. ...
  • ニューヨークのMOMAで語られた日本の構造家列伝(1/2)
    去る 2016 年の 4 月に,ニューヨーク近代美術館 (MOMA) で日本の構造家をテーマにした講演会「 Structured Lineages: Learning fromJapanese Structural Design 」が行われました.もう大分時間が経...

ラベル

  • a1_シェル (4)
  • a1_ドーム (1)
  • a1_パビリオン (5)
  • a1_環境建築 (1)
  • a3_ケーブル構造 (3)
  • a3_テンセグリティ (1)
  • a3_モノコック構造 (1)
  • a3_膜構造 (1)
  • a4_ステンレス鋼 (1)
  • a5_石積み構造 (1)
  • b1_鉄道橋 (11)
  • b1_道路橋 (3)
  • b1_歩道橋 (9)
  • b2_曲線橋 (1)
  • b3_アーチ橋 (2)
  • b3_インテグラル橋 (3)
  • b3_フィーレンデール橋 (2)
  • b3_斜張橋 (2)
  • b3_吊橋 (2)
  • b3_浮き橋 (1)
  • b4_RC/PC橋 (8)
  • b4_鋼橋 (4)
  • b4_合成・複合橋 (3)
  • b4_木橋 (1)
  • c01_[日本] (1)
  • c02_[ドイツ] (19)
  • c02_アルゴイ地方 (1)
  • c02_ヴォルフスブルク (1)
  • c02_ケンプテン (2)
  • c02_シュトゥットガルト (1)
  • c02_ベルリン (3)
  • c03_[スペイン] (4)
  • c03_バルセロナ (2)
  • c04_[オーストリア] (2)
  • c04_[スイス] (2)
  • c04_チューリッヒ (1)
  • c06_[アルプス地方] (3)
  • c07_[イタリア] (4)
  • c08_[ポルトガル] (3)
  • e_Carlos Fernández Casado (2)
  • e_Dr. Schütz Ingenieure (1)
  • e_Pedelta (2)
  • e_SOM (1)
  • e_エッフェル (1)
  • e_エンゲルズマン (1)
  • e_クニッパーズ (3)
  • e_シュライヒ_sbp (7)
  • e_シュライヒ_マイク (10)
  • e_シュライヒ_ヨルク (6)
  • e_セシル・バルモンド (1)
  • e_ゾーベック (3)
  • e_ビル・ベイカー (2)
  • e_フライ・オットー (2)
  • e_マイヤール (1)
  • e_マルテ・マルテ・アーキテクテン (1)
  • e_モランディ (3)
  • e_ユルク・コンツェット (1)
  • e_川口衞 (3)
  • f_アダプティブ構造 (1)
  • f_コンピュテーショナルデザイン (1)
  • f_バタフライウェブ (1)
  • f_レクチャー_Best of Engineering (2)
  • f_レクチャー_カーボンでつくる未来の建築 (2)
  • f_構造おもちゃ (2)
  • f_構造デザイン論 (5)
  • f_構造とアート (3)
  • f_講演 (6)
  • f_書籍 (9)
  • f_展覧会 (3)
  • f_土木デザイン (4)

Blog Archive

  • ►  2018 (7)
    • ►  10月 (3)
    • ►  8月 (2)
    • ►  3月 (1)
    • ►  2月 (1)
  • ►  2017 (6)
    • ►  12月 (1)
    • ►  11月 (5)
  • ▼  2016 (5)
    • ►  12月 (1)
    • ►  8月 (2)
    • ▼  2月 (2)
      • アメリカのスターエンジニア, B・ベイカーの講演とSOMの展覧会
      • 新年を橋梁デザインな紅白のワインで祝う
  • ►  2015 (10)
    • ►  11月 (2)
    • ►  10月 (2)
    • ►  9月 (1)
    • ►  5月 (1)
    • ►  3月 (1)
    • ►  2月 (3)
  • ►  2014 (19)
    • ►  5月 (1)
    • ►  4月 (2)
    • ►  3月 (4)
    • ►  2月 (12)
  • ►  2013 (3)
    • ►  12月 (3)
Copyright © 2015 スパン35メートルからのデザイン・ブログ

Created By ThemeXpose